初恋はシナモンの味がした

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「ミアはおうきゅーにいったことはある?」 「わたしは王都に来たばかりなんです」 「どこにすんでいたの?」 「西にあるリスボという都市なんですが」 「おじさまもそこにいたことあるっていってたわ」  おじさま情報、その2を得た。  宮廷職員が各地方の支所へ配属され、一定期間を経て王宮へ戻るのは、よくあること。  いわゆるエリート文官。おじ様はさぞ優秀な男なのだろう。  膝の上に載せてあるバスケットの底からは、ほんのり熱が伝わってくる。今朝焼いたクッキー。  わずかな香りが漂い狭い室内に漏れてくると、隣のマーガレットのお腹がくうと鳴った。 「すこしだけお食べになりますか?」 「だめよ、だっておじさまのだもの」  そんなふうに目をバスケットに釘付けにしたままで言われましても。 「大丈夫です。そのときは、ミアが味見で食べてしまったと言ってくださいませ」 「……ミアはわるくないもの。だめなことをしたら、ちゃんとごめんなさいってしないといけないのよ」 「では、一緒に悪いことをして、一緒に叱られましょうか」  蓋を開け、中からクッキーを二枚取り出した。ココア味をマーガレットに、シナモンを練り込んだものを自分用に。  出来立ての香りは格別だが、食べるときはやはり、すこし冷めてからのほうがいい。 「ミアはおとなね。シナモンのクッキーはからいのに」 「そうですね。わたしも子どものときは、同じことを思いましたよ。一緒に食べた子と、似たようなことを話しました」  王都から派遣された役人家族と、多少の交流があった。  その家には、ミアより五歳年上の男の子がいた。薄紫の瞳が印象的な美少年。名はレノ。  一緒に遊んだり、母講師による勉強会に並んで参加したものだ。お茶受けに提供されたシナモン味の焼き菓子がふたりして食べられず、母は笑っていた。  なんだか悔しくて、その男の子と一緒に「打倒シナモン」を掲げ、それを美味しく食べられるようになろうと野望を掲げたものだった。  母が亡くなったことと、役人の任期が満了したこと。  どちらが先だったのかは忘れてしまったが、一家とはそこで縁が切れた。  そう考えると、母側の知り合いだったのかもしれない。 「おじさまはシナモン好きになったって言ってた。ミアは?」 「わたしも好きですよ。いつかマーガレット様も美味しいって思うようになりますよ」 「そうかしら。おとなのレディになれるかしら」 「なれますとも」 「ミアみたいになれる? あのね、わたしはミアみたいなすてきなひとになりたいの」  なんて可愛いことをおっしゃるのか、この天使は。  頭をぐりぐりしたい気持ちをなんとかおさえ、ミアは「嬉しいです」と笑うにとどめた。
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