初恋はシナモンの味がした

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 さすが王宮は立派であった。門番に用件を伝え、ラングス伯爵家の紋が入ったカードを見せる。  マーガレットは首にかけてあるロケットペンダントを見せた。蓋の裏には伯爵家の紋があり、マーガレットの名も刻まれている。貴族の子どもが持つ身分証のようなものだ。迷子札ともいう。  かつてはミアも持っていたが、今は手元にない。若気の至りで渡してしまった。  自身の判断で動くことができる年齢になれば、あのロケットペンダントを持ち歩く必要はなくなってしまう。  とはいえ、幼少期に肌身離さず持っていたそれを捨て置くのもしのびない。  ということで別の目的で使用するのが流行った。  ロケットペンダントに自分の絵姿を入れ、他者へ渡すのだ。  たとえばお世話になった乳母や侍女。屋敷を辞めるときに渡したのが始まりとされているが、やがてそれが「好きなひとに渡す」という意味を持つようになったりもして。  まあ、つまりはそういうわけである。  ミアのロケットペンダントは、レノ少年が持っている、はず。彼が捨てていなければ。淡い初恋の思い出だ。  しっかりと手を握り、先導者の男性に張り付くようにシルヴァン氏のもとへ向かう。やがて辿り着いた重厚な扉をノックし、案内人が声をかける。 「お連れいたしました」 「ありがとう、下がっていい」  返ってきたのは、思っていたよりも若々しい声だった。秘書か誰かだろうか?  声を聞いた途端、マーガレットはミアの手を振りほどき、扉の中へ飛び込んだ。ミアはあわてて追いかけて、その先にいた人物を見て固まる。  自分より幾分か年上であろう美丈夫がいた。  ゆるく結わえた淡い金色の長髪はマーガレットと同じ色で、整った顔にも共通点がある。  おじさま。  たしかに年齢は訊いていない。  その単語から年配者を、伯爵と同年代の男性をイメージしていただけだ。  五歳から見れば、親族男性はおしなべて「おじさま」だろう。
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