見しらぬ大海

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「本来ならば直接お伺いするべきところを、突然のお手紙を差し上げてしまい申し訳ございません。しかしながら、私があなた様にこのようなお手紙をお送りしたのには、重大で深刻な理由がございます。見知らぬ者からの手紙に身の危険をお感じになっていることでしょうから、まずはどのようにして貴殿の住所を調べたかをお話いたします。偶然に、貴方から頂いたという小包を発見し、住所を瞥見してしまったのです。電話番号、ラインなどは調べようもありませんが、住所であれば露見しやすいのです。そしてまた、電話は着信拒否、ラインもブロックされてしまえば永遠に私の心の叫びは貴方に届きはしないでしょう。意外にも住所へ配送というのは、相手に情報が到達する確率が高いのです。  それでは本題に入りましょう。7月のある休日、インターフォンがなりまして、普段であれば無視するところを、その時は猛暑に似合わぬせせらぎのような空気が玄関から伝わってくるようで、思わずドアを開けてしまいました。そこにはアジア系の若く長身で細身の美女がたっておりました。彼女は夏の季節に合わせて、肩ぐらいの黒髪を涼しげなレイヤーカットにしていて、白い肌はどこまでも透き通っていた。目は細長くて子ぎつねの様な精悍な顔立ちで、あっと驚いたような表情をしました。彼女は口疾に、友達の家に今週末開催されるクラブの割引付フライヤーを持っていくつもりだったが間違えてしまい、申し訳ないと弁解しました。私は彼女の美しさの前で、平静を装いながら快活な人物を演じました。そのクラブに行こうと思っていたのだ、フライヤーをこちらにくれないかというと、彼女はぎこちない笑顔でフライヤーを渡して去ってゆきました。  私は週末慣れないクラブハウスにいくと、そこではレズビアンのクラブイベントが開催されていました。フライヤーではレズビアンのイベントとは気が付きませんでしたが、特に気に留めることはなく入りました。そのクラブは昔から存在するらしく、古ぼけたミラーボールが店内を優しく照らしており、控えめな大きさのステージとバーカウンターがありました。私はテキーラショットを3つほど開けて、しばらくボーッと立ってお酒の電飾看板を永遠と眺めておりましたが、辺りを見回して、豪華に装飾された小部屋があることに気が付きました。バルーンや花やらが取り付けられており、そこに彼女はいました。彼女と最初に出会ってからこの瞬間まで、私が一時も忘れることのなかった彼女の姿が現前し、くらくらしました。私の玄関に訪れたときと同じような肩とお腹を露出させたトップスに、タイトなデニムパンツ、なにより振り返ったときに空にふわっと広がった黒髪とシャープな輪郭の横顔を見ると胸が苦しくなりました。それから後、クラブで起きた出来事は断片的にしか覚えておりません。バーカウンターに2人で隣同士座ったこと、彼女がお手拭きを2枚取ってきて1つを私にくれた優しさ、女酔客同士の会話にならない会話、細い指に似合わぬ分厚い金属のリングがグラスにカチッとぶつかる音。。。  私は気がつくと彼女のこじんまりとした部屋にいました。壁の薄い、エスニックな雑貨や家具が揃った絵本のような部屋でした。ソファーで向かい合って座っていると、彼女の手が腰の方にきたので、年上の私がリードするべきと思い、チューブトップの下から手を入れて、恐る恐る柔らかいものを包み込むと、彼女の方から深いキスをしてきたので頭がしびれるようでした。彼女が遠慮がちに私の唇をついばみ、自然な流れで口を開けさせられて、舌を吸われました。私は彼女より8歳も年上でしたが、離婚経験があるばかりで、女性との交際経験がなく、私にモノがあれば彼女のか細い身体を突くことができるのにと思いました。私はどう彼女の下半身を愛撫すればよいのかわかりませんでしたが、お尻に手を当ててみると、それは振りはらわれて拒否されてしまいました。彼女はうまく回らない舌で決まった相手がいることと、あなたの名前を告げました。その後いくつか質問しましたが、それは彼女の頭には入らなかったようで、すぐに掛け布団をかけぬままベッドで寝入っていました。私がベッドの縁に座ると、端に寄って私が眠れるスペースを作ってくれました。私は優しい彼女の手をずっと握っていましたが、これ以上のことは何も起こりませんでした。彼女が熟睡している間、私は部屋の一角に異国の住所が書かれた貴方が差出人の小包を発見しました。思わずメモをしていました。  私と彼女との関係はまだ始まったばかりなのですから、どうなるのかわかりません。一夜限りの関係だったのかもしれません。しかし、彼女の存在は私の心を満たしています。そして一番伝えたかった事、ぶしつけで無礼なこの手紙を送らざるを得なかったのは彼女の瞳のことです。ナイトクラブで出会ったときの彼女の瞳は暗闇を一点に見つめる黒曜石のようでした。かわいらしい踊りの中に、友達と話す笑顔の中に、私を抱き寄せた時に、泥酔している時に、きっと道を歩くときにも同じ瞳をしているのでしょう。そして私とキスした時に少しだけ力を帯びたように見えたその瞳が忘れられないのです。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加