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「みんな今日はきてくれてありがとうー!それじゃ次の曲いきます!ラブ・シャワー!」
私はマイクを両手で握って大声で叫ぶ。
ファンのみんなからわっと歓声が上がって曲がはじまる。
歌って踊って。
終わるまで笑顔をふりまき続ける。
「つっかれた……」
ライブが終わった後、私は控え室の机に突っ伏して低い声でうめいていた。
「お疲れ、あまねちゃん」
そう言ってマネージャーさんがペットボトルのお茶を持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
それをもらって一気に飲み干す。
ぷはっと息を吐きだした。
「あーしみる……」
「仕事終わりのサラリーマンみたいねえ」
似たようなものだ。
ていうかこっちのほうがよっぽど疲れている。
事務所を出ると自宅のアパートに向かってとぼとぼ歩く。
実家出ないほうがよかったかな、とときどき思う。
仕事を始めてから一人暮らしを決意したけれど帰っても誰もいない部屋に帰るのは少し憂鬱だ。
特に今日のような落ちこんでいる日には。
「……ただいまー」
今日にかぎってそんなひとりごとを言って家の中に入る。
ひとりごと、のはずだった。
「ど、どうもーお邪魔してます」
「だれっ?!」
家の中に誰かがいる。
不審者変質者という言葉が頭を駆け巡る。
まさか、ストーカー?
私はキッチンのコンロの上に置いたままだったフライパンを手に取ってとっさに構える。変なことをしてきたらいつでも振り下ろせるように。
どうやら声をかけてきたものは部屋の隅にいるみたいだ。
近寄って、思わず拍子ぬけした。
ひょろりとした、私より若い……というか幼い感じの人が隅っこで震えていた。
「あ、怪しいものじゃないです。すみません、怪しいかもしれませんがあまねさんにけっして迷惑をかけるわけでは」
震えたいのはこっちなんだけど、なんで不審者が震えてんの?
なぜか着物姿で、ぼさぼさに伸びた前髪の下の顔はほとんど見えない。
だけど、無害そうというか弱そうだということは伝わってきた。
「……で、結局あんた誰?」
振りかざしたフライパンを置きつつ私は言う。
「私は雨童子です」
「は?なにその座敷童子みたいな」
「座敷童子は憑いた家に幸運をもたらすものでしょう?私は憑いた人間のまわりで雨を降らせるのです」
だから、雨童子。
「ちなみに今はあまねさんに憑いています」
私は雨童子とやらを睨んで言った。
「じゃアンタが元凶なの?」
我ながら冷ややかな声が出ているのがわかる。
「私は超がつくほどの雨女なんだけど」
「えっとそれはー」
「生まれてこのかた大事な日はいつも雨。旅行も行事も潰れることなんて日常茶飯事なの」
大きいため息をつく。
「アイドルになってからもそう。屋内のときはいいけど、最近やっと野外のステージもセッティングしてもらって歌えるようになったのに。私の体質のせいで野外ライブはいつも客足ガタ落ち」
私は携帯電話を取り出してエゴサした画面を見る。
「最近なんてあまねじゃなくて芸名を雨姉に改名したほうがいいんじゃね?っていう余計なあだ名まで出る始末」
はあ、と私はため息をつく。
「す、すみません。私のせいで……」
低めの声が涙声になる。
見た目からすると中学生男子くらいだろうか。
「年齢誤魔化してるけど。私、もうすぐでアイドルとしては賞味期限切れの年だと思うんだ。なのにパッとしないし、それどころか今日なんかファンの人少なかったし……」
私は俯いてマニキュアを塗った爪を見る。
ところどころネイルがはげてきていた。
アイドルは爪先まで可愛くないといけないのに。
「私、なんのために歌っているんだろう……」
みんなに歌っているところを見て喜んでもらうのがアイドルの仕事なのに果たせない自分はなんなのだろうか、と思う。
こうなるともうネガティブな思考から抜け出せない。
「わ、わかりますぅー」
なぜか雨童子の声が震えていた。
「わかるってなにが?」
「あの、お仕事をしていても報われないっていう気持ちというか。今の人って雨が降ったら嫌な顔するじゃないですか。洗濯物が乾かないとか外に出たくないとか。私だって好きで雨降らせているわけじゃないのに」
な、なんなのこの子。
私以上にじめじめしている気がする。
さすが雨童子?
私だって、と小さく絞り出した声で言った。
「私だって、本当は人を笑顔にしたいのに……」
ポタリ、と透明な滴が床に落ちる。
雨童子は限界だと言うふうに号泣し出してしまった。
私は呆然とする。
これは慰めたほうがいいんだろうか?
なんで私が?
気づくと水が屋根を叩く激しい音が外から聞こえた。
「って、雨ひどくなってんじゃん!」
帰り道からすでにぽつぽつ降っていて、夕方から夜にかけて雨が強くなるでしょうとか天気予報で言っていたけどこれはひどい。
「これあんたが降らせてるんでしょ!泣き止んでよ」
「そ、そんなごと言われでも」
鼻声で雨童子は首を振る。
涙も雨も一向に止まらない。
ええい、埒があかない。
私に出来ることはないか、と思って一つ思いついた。
息を吸う。
私は最新の流行歌をカバーして歌い始めた。
いつか空は晴れるとか元気を出してとかそんな歌詞があるから。
歌い出してから気づいた。
これけっこう切ない系のバラードじゃん。
ヤバい、余計泣くんじゃ……。
そう思っていても歌いきるまで私は止まらなかった。
いつの間にか静かになっていることに気づいたのは歌い終わってからだ。
雨童子が両手を胸の前に組んでいる。
「素晴らしいです……」
「え?」
感激したと言うふうに言った。
「あまねさん、歌とっても上手です!なんだか落ち着きました」
「そ、それはよかったね……」
強めの圧に私はちょっと押されてしまう。
それから、気になっていることを聞いた。
「あんたこれからどうするの?」
「どうする、とは?」
「だから、帰る所とか」
「私はあまねさんに憑いているのでここに住まわせていただきます」
ニコニコと答える。
「ていうかなんで急に人の部屋にきたわけ……?」
「忘れてました。それは神様試験を受けるためです!」
ポンと手を合わせる。
「神様試験?」
「私は今は妖怪のようなものですが……。憑いている相手を幸せにして、無事雨の力をコントロールできるようになればはれて神様に昇格できるのです」
拳を握りしめた。
「私があまねさんを幸せにします。頑張りますね!」
幸せねえ……。
私は半目になった。
とりあえず、私の家にいる間は雨童子は普通の人間のような姿でいるらしい。
ならばと、着物のままじゃ変だから私は雨童子を連れてショッピンモールに行くことにした。
帽子をかぶって、サングラスをして変装することを忘れない。
どうやらじろじろと見られているみたいで落ち着かない。
「あんたのせいで目立つじゃん」
「皆さんあまねさんを見ているんじゃないんですか?」
「うそっ。え、違うよね?」
思わず帽子を目深にかぶり直すがどうやらバレてはいないようだ、と思いたい。
服売り場に行くといくつか服をみつくろった。
「とりあえず、これ着てみて」
「は、はい……」
おどおどと雨童子は試着室に入っていく。
けっこうかわいい感じだから男でも女でも似合いそうな服を選んだ。
「ど、どうでしょうか?」
「なかなかいいんじゃない?」
ボロボロの着物よりはさまになっている。
顔をのぞきこんで、私は沈黙した。
髪からのぞく空色の目を見て思わず外国人のモデルみたいだと思った。
いや、そんなことより顔の造形や体のラインを見て思わず言った。
「もしかして、あんた女の子なの……?!」
「はあ……」
雨童子はとぼけた声を出す。
「それならそうと先に言ってよ」
私はワンピースタイプの服にチェンジして、自分の髪をとめるピンで雨童子の前髪を固定する。
「あわわ恥ずかしいです」
「どこが。絶対その方がかわいいって」
私が笑って言うとまだ恥ずかしがりながらも雨童子は言った。
「あまねさんにそう言ってもらえるなら嬉しいです……」
なにこのかわいい子。
どうせならぶらぶら見ていこうよ、と私は雨童子を引き連れて店を回った。
アイドルになってから友だちとは疎遠だからなんだからこんな普通のことが新鮮だ。
歩いているとイベントステージのところで歓声が上がっているのが聞こえた。
「なんでしょう。行ってみましょう」
好奇心旺盛に雨童子が行ってしまう。
「あ、ちょっと」
私も慌てて追いかける。
イベントステージでは誰かが歌っていた。
聞いたことがある。
この声は。
客の隙間からなんとか背伸びしてみる。
やっぱりだ。
ミスズさん。
私が小さな頃好きだったアイドル。
ううん、今も好き。
よくこの人の曲を歌ってみせたっけ。
みんな笑顔で聞いてくれた。
私も幸せだった。
ハッと気づく。
そうだ。
あたしが歌いたかったのは、まわりの人に。
私の歌を聞いた人に笑顔になってほしかったから。
誰かを笑顔にしたいと思って、はじめたんだった。
そんなことも忘れていた。
「雨童子。私をここに連れてきてくれたんだよね。ありがとう」
「いいえ。あまねさん幸せですか」
「うん!」
やった、と二人して笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎて家に着くと力尽きた。
「あー疲れた。やっぱり人混みの中に行くと体力とか気力が……」
ゴロンとベッドに横になる。
「ごめん、少し寝るね……」
「ええ。ゆっくり休んでください」
どんどん瞼が重くなる。
夢か現実かわからないようなぼやけた時間に雨童子の声が聞こえた。
「あまねちゃん。あなたが頑張っていることは私が一番よく知ってます。本当は生まれたときからあなたの側にいたんですよ。試験のために神様が特別会ってもいい時間をつくってくれたんです」
これは本当に夢なのだろうか。
雨童子が愛しそうに私の前髪をさらりと撫でた。
「これからあなたにはいいことが沢山待っているし、あなたの力でどこまでだって行ける。ファンのみんながあなたが世界を明るく照らしてくれるのを待っている。私の役目はここまでです」
待って、という言葉は届かなくて。
「私は空の上の神様がいらっしゃる所に行って、試験の結果を聞いてきます。……ありがとう。そしてさよなら、あまねちゃん」
ハッと私は起き上がる。
帰ってきて寝転がってからだいぶ時間が経っていた。
帰ってきて?雨童子と話してショッピングモールに行った。
ずいぶんあり得ない話だ。あれは夢だったのか。
一瞬そう思ってしまったけれど、雨童子の言葉を思い出す。
いや、夢じゃない。
「……よし!」
私は立ち上がってプレーヤーで曲をスタートした。
野外ステージは相変わらず雨が降っている。
でも小雨ということで今日はライブ決行だ。
「あまねちゃん、行ける?」
「はい!」
私は胸を張ってファンの前に飛び出していく。
すう、と息を吸うと言った。
「これから大事な人のために歌います。聞いてください」
どこかで聞いていて。
君に届けたいうた。
雨童子。
あなたに届くように歌うよ。
上を向いて。前を向いて。
みんなを笑顔にする。
いつだって隣にいてくれたあなたが、そう教えてくれた。
だから、私は大声を張り上げて空に向かって歌う。
届け!
届け!
届け!
「うそ……」
「あれ」
ファンの人が空を見上げている。
私もつられて空を見上げた。
雨が上がって空に虹がかかる。
そのとき、誰かがステージに立っているのが見えた。
「雨童子……」
「ちゃんと聞こえましたよ」
虹色に輝く髪、真っ青な空色の瞳。
えらく見違えたけど雨童子がそこに立っていた。
ハッと周りを見るけれど周りの人は雨童子が見えていないようだ。
というか虹がかかった空に夢中でこちらさえ見ていない。
それはそれで複雑だけれど……。
雨童子は輝く笑顔で言う。
「神様試験合格しました!」
「本当?!やった!」
はにかんで雨童子は言った。
「じゃ、はれて神様として仕事するんだね。空の上に行くの?」
「普通はそうなんですか。でも私は当分はあまねちゃんの近くで仕事をします」
「え?なんで」
当然、といった感じで雨童子は言う。
「近くであまねちゃんの歌をもっと聞いていたいから。私はあまねちゃんの一番のファンなので」
その言葉で思わず私は赤面してしまった。
「ありがとう」
私は素直にそう言う。
ねえ、雨童子。
私もっと仕事を楽しんでみんなに笑顔になってもらうから。
私の側で聞いていてね。
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