未来文

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 ”ここを訪れた思い出、未来の自分やはたまた大切な誰かへ、メッセージを贈ってみませんか。一ヶ月から十年先まで。その手紙を保管し、届けさせていただきます。大切な手紙を、贈ってみませんか?”  そんな謳い文句と共に、海辺のこの街で喫茶店を営むお店、”未来文(みらいぶみ)”。お店には緑のポストが一つ。席もボックス席が二つと、カウンター席が四つというこじんまりとした喫茶店である。店主は私、四条(よじょう)薫。喫茶店業に加えて、手紙を保管し郵送するのが仕事だ。  人の想いは千差万別。本当は伝えたかった想い、今はまだ言えないこと、いつかの自分を未来へ届けたい。そんな想いを送るのが、本当の私の仕事だと思っている。喫茶店ならその想いを文字にする有意義な時間も取れる。そして、紅茶と珈琲をこよなく愛するのもまた、ここを営んでいる理由でもある。観光の一環にでもいいし、日常の一部でも構わない。どんなお客さんであれ、笑顔でここを出られるお手伝いが出来ればと、日々奮闘中だ。  リンリーン。  季節に応じてドアベルを今は風鈴に変えているので、涼しい音色がお客さんの到来を教えてくれる。 「いらっしゃいませーっ」  うるさくない程度に元気よく、私はお客さんを迎えた。 「一人なんですけど」  そう言って現れたのは、まだ中学生くらいの女の子だった。髪は短く、肌は褐色のスポーティーなそのお客さんは、ちょっとだけ不愛想に明後日の方を向いていた。 「はい、いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞー」  もう一度にっこり笑っていらっしゃいませと言って、席を案内する。果たしてこの子はどんな子だろうか。  ギシ。――木造のこの建物は古民家をリフォームしたので、ところどころ床が軋む。あえてその古さを残したくて、床は張り替えなかったのだが、これももう私の基調音になっている。 「あのっ、……未来に手紙を出せるって聞いたんですけど」  そういう彼女はひどく切実な顔をしていた。 「はい、出せますよ。一ヶ月後から十年後まで、届けたい想いをお預かりして発送するのが私のお仕事です」  にっこりしたまま、私はそう言った。切実なその想いを、どこまで汲み取れるかは分からないけれど。 「まだ、書いてないんですけど便箋は持ってきてて。ここで書いても大丈夫なんですか」  彼女はそう言って、便箋を鞄から出して私に見せた。まだにわかに幼さを残した瞳が、切なげにこちらを見つめる。その瞳がなんとも印象的だった。 「はい。お席で書いていただけるように、私はここで喫茶店を始めましたから」
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