未来文

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 ホッとしたような表情を見せると、彼女は奥のボックス席に向かった。頼んだのはアイスのミルクティーだった。茶葉はミルクに合うように標高600m以下で生産された”ローグロウンティー”と呼ばれる種類のセイロンを選んだ。クセは強くなく、ミルクと相性のいい柔らかい香りの紅茶。ほんの少しでも気持ちを後押しできるように、そっと今日焼いたクッキーを添えてお出しした。 「わ、クッキー!こんなにいいんですか」  数少ないお客さんだ。サービスというよりも、本当に感謝の気持ちの方が大きかった。 「喜んで頂けたなら良かったです。今朝焼いたんです。レシピがないので毎度同じ味にならないのが難点なんですけど、それでもたぶん美味しくできてると思いますよ」  レシピがないなんて、言わない方がいいに限るのだけど。思わず本当のことを言ってしまうのは私の良くないところだと思う。が、時間は不可逆だ。言ってしまった以上は笑顔を張り付けるほかなかった。少女はクスッと笑った。 「普段のメニューとかじゃないんですね。なんか、友達の家に遊びに来たみたい」  最初不愛想そうに見えたのは、緊張だったのかもしれない。彼女はすぐに笑顔を見せてくれた。 「ふふ。良かったです。リラックスして書いてもらえるのが一番ですから」  大切な時間を奪わないように、私はそう言ってすぐにカウンターの中に戻ることにした。  少女は何度もペンを止めては、時折窓の外を眺めていた。誰に書いているのだろう。たとえば、引っ越してしまう好きな男の子とかだろうか。あるいは、両親への素直な気持ちを伝えるものだろうか。今渡すのは恥ずかしい、でも伝えたい想いがあったとき。人はメールや口頭ではなく、こうして手紙を書くのだと思う。普通に送ったって、今日の今日では届かない。そういうところが、手紙の良いところなのだ。  海風が窓を揺らす。そういえば、近くの隠れ家のような旅館の主人が、先月倒れたと言っていたけれど、今は大丈夫だろうかと考えていた。あそこはあとは、若い綺麗な女将さんがいるだけだ。ところであの二人はどういう関係なんだろう、などと思いを馳せていると、少女が手紙を持ってやってきた。 「これを、五年後の四月に届くようにお願いしたいんですが」  おそるおそる少女が出してきたのは、海の綺麗な風景が描かれた封筒だった。宛名には男性の名前。 「かしこまりました。保管の代金として五百円いただきますがよろしいですか?」
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