未来文

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「あ、それだけでいいんですか?」  少女は少し驚いた声を上げていた。 「はい、手紙を保管するだけの料金ですから。あとは切手はそちらで貼っていただきますが」 「あ、それは大丈夫です」  そう言われて見ると、もう手紙に切手は貼られていた。その手紙を、私は代金と共にそっと受け取った。ポストは基本飾りのようなもので、結局代金と共に手渡しで手紙を出される方が多いのはシステム上仕方がない。それでも、あの緑のポストは、店の看板でもある。 「では、たしかにお預かりしました。五年後の四月で。細かい日にちの指定はできないんですけど、いつ頃がいいとかありますか」  郵便の都合上、ちゃんと届くか分からない日にち指定はこちらが責任を取れないのでお断りしている。 「できれば、頭ごろに……」 「はい、大丈夫ですよ。では、四月の頭ごろに出しておきますね」  私がそう言うと、少女はまた不安げな表情をしていた。 「……なにか、心配事でもありますか」  私はすこし神妙にそう聞いた。なにか事情があるのかもしれないと思ったのだった。 「あの……いえ、その……幼馴染への手紙なんですけど。その…約束をしてるんです。だから、ちゃんと届くのか心配で」 「断言できることと言えば、私が死なない限りは間違いなくお送りさせて頂くということですかね。それでは不安は晴れませんか」  私はなるべく語り掛けるように言葉にした。健康状態には今のところ一切の問題はない。 「いえ、お願いします」  本当に切実ななにかが、今、私に託されたのだと思った。私は力強く、必ずお送りいたします、と告げたのだった。彼女は静かにお店を後にした。風鈴の音だけが店内に余韻を残した。  空は快晴。まばらだが客入りは少々あって、私は常連さんとカウンターでお話をしていた。週に三、四回は来る三十代半ばの男性だった。 「それにしても、本当にここは落ち着くね。薫ちゃんも相変わらず元気だし」  男性の名前は牧田さん。仕事はフリーランスのようで、ここへは息抜きに来ているのだという。もう彼が通って一年になるだろうか。右手の薬指には指輪があるが、お相手とは随分と前に別れたと言っていい状態になっているというのを聞いている。未練がましいでしょう、なんて言いながら指輪をさすっていたのが妙に心に引っ掛かっていた。 「牧田さんこそ、相変わらずお元気そうで」  今日も彼は、コナを飲んでいる。酸味豊かでさわやかな香りが特徴のその珈琲。私の感覚だが、酸味の強い珈琲を好んで飲む男性は珍しい気がしている。なにか思い出でもあるのだろうか。
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