未来文

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 じゃーん、とでも言いたそうに袋を開けて見せてくれた。なんとも可愛らしい。 「わぁ、ありがとうございます!旦那さん、復帰されたんですね、良かった。もう調子悪いところはないんですか?」 「あれ、結局熱中症だったんですよ。お客さん予定がなかったから、趣味も兼ねて釣りに夢中になりすぎたみたいで。お騒がせしました」  ぺこりと頭を下げて、彼女は袋を手渡してくれた。 「それはそれは、ありがとうございます。旦那さんにもよろしくお伝え下さい」 「はーい、伝えておきますねー」  お互いそう言ってにっこり笑って手を振った。夕飯の買い物に行こうと思っていたのだけれど、おかげ様で外に用事はなくなった。今日は良い日だ、そう思って一日を終えられることに感謝した。  彼は今頃どうしているだろうか――牧田さんが来て一ヶ月ほどが経つ。彼はあれから見事に現れず、私は一週間過ぎた頃からずっと牧田さんのことを考えていた。きっと、彼女になんと言おうか一人で悩み込んでいるのだろう。そんなことを今日も考えながら営業していると、風鈴が来客を知らせた。 「いらっしゃいま…牧田さん!」  思わず大きな声を上げてしまった。ほかにお客さんがいないことに胸を撫で下ろす。 「びっくりした。ごめんね、あの話の後から来てなかったから心配掛けたかな」  頭を掻きながら彼は申し訳なさそうな顔でそう言った。 「あ、すみません。こちらが勝手に心配していただけなので。お席、どうぞ」  そう言って、いつものカウンター席に案内する。彼が注文するより先にコナの豆を棚から取り出していた。それを見て仕事が早いねぇ、と彼は感心しながら頬杖をついた。  お客さんの目の前で、ミルで豆を挽いてネルドリップでゆっくりと落とすのがうちのお店の淹れ方だ。お湯をのの字に入れては落ちるのを待ち、また入れていたそのときに、牧田さんが口を開いた。 「彼女の帰国日がだいたい決まってね。今なにかを言うにはまだ早いなとは思いつつ、帰国を待っている間に勇気がなくなりそうだなと思い始めて考え込んでたんだ。情けないだろう」  しょぼんとした彼の言葉に、私はすぐさま手を止めた。 「ここをどこだと思ってるんですか」 「え」 「”未来文”ですよ?そんな時に使わないでいつ使うんですかっ」  私は思わずカウンターから身を乗り出していた。  そう、”今”なら言える言葉を持っていて、でも今はまだ伝えられないのなら、”未来”に手紙を出せばいい。それがこのお店なのだ。
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