未来文

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「……ああ」  間の抜けた返事をしながら、彼も(ようや)くピンときたようだった。 「忘れてたよ。ここ、ただの喫茶店じゃなかったね」 「そうですよ。いつでも承ってるんで、持ってきてくださいな。彼女への大事な手紙」 「そうだね。……そうします」  彼がそう言って救われたような笑みを見せるものだから、思わず熱いものがこみ上げた。 「そういえば、コナ。彼女が好きな珈琲なんだ。前に聞かれたよね」 「ああ、なるほど」  私はやっと得心がいって、一人笑みを零した。  後日、彼は決心した顔でその封筒を持ってきた。彼女の帰国に合わせて、彼女の自宅へ。内容は聞かなくとも分かっていた。修復と祝福の物語が、始まる予感がした。  それから十年近くが過ぎた頃。私はいつも通りお店を開けていた。空は快晴。この時期は冷たい潮風が肌を刺すように吹き付けるので、店内は高めの温度設定で営業している。季節は冬だった。  カランカラン。  ドアベルは夏以外は普通のベルにしていて、十二月だけはそこに赤い実のついたセイヨウヒイラギの葉をリボンと共に飾るのが恒例になっている。 「いらっしゃいませー」  そう言ってカウンターを出ていくと、入ってきたのは見たことのない男性客だった。 「すみません、未来への手紙を出せる喫茶店ってここで合ってますよね」  彼はそう言いながら、カウンター横にある緑のポストに目を止めた。 「はい、合ってますよ。お手紙、出されるんですか」 「ええ。彼女に出したくて」  そう言って差し出された手紙の裏表を見て、おや、と思った。見たことのある名前。けれど、女性の苗字だけが記憶と一致しなかった。その代わりに、そこには男性と同じ苗字が書かれていた。 「以前こちらから手紙を出していただいたのだと彼女から聞きまして。もうすぐ、籍を入れるんです。あの手紙のお陰で、今の僕らがあるようなものなんです。だから、今の気持ちを忘れないでやっているように願って、未来の彼女に手紙を出そうと思いまして」  そう言う青年の顔を改めてよく見てみる。凛々しい目つきが印象的な彫りの深い顔立ちをしていた。まだ幼さの残る瞳をふと思い出す。今はきっと、その幼さは消えて立派なレディになっているだろう彼女を想う。 「おめでとうございます!では、近い未来の奥様に宜しくお伝えください。未来文、届いてよかったですね、と」  目じりに小皺を携えて、私はにっこりと笑った。彼女は私の顔を覚えてはいないだろうけれど、それでもこのお店のことは忘れないだろうから。  青年は元気にはい、と答えてお礼を告げたのだった。  ――未来文。それはきっと、大切な想いを伝える手助けになる場所。いつかあなたもそういう時が来たら、当店へお越し下さい。私が生きている間は、責任を持ってお届けさせていただきます。あなたの想いを。
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