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年齢は三十歳くらいだろうか? やけに古風な姿をした男で、黒い山高帽に紺地の背広、そして金縁のロイド眼鏡に黒いボストンバッグ。
三日前から、俺に付きまとって「英雄になりませんか?」と、勧誘してくる。
「またあんたか! それどころじゃないんだ!」
一週間前、突然現れた怪獣のおかげで、俺は家族とともに近くの中学校の体育館で避難所生活を続けている。
怪獣はトカゲに蝙蝠の羽がついたような奴だ。口から火なんか出しやがって、危なくてしかたない。
来年は大学受験だというのに、避難所にプライベートはなく、赤ん坊の泣き声、大勢の子供の甲高い声、身勝手なジジイのボランティアに対する怒声が絶えない。おまけに簡易トイレからは糞尿の臭いがプンプンで、気持ち悪くてゲロが出そうだよ。まったく勉強に身が入らない。そして、この男だ。
俺はキレて叫んだ。
「なにが英雄だよ! 自衛隊にでもなれってのか! そんなのごめんだからな! 俺はもっと世の中に認められたんだよ!」
その自衛隊の奮闘で命がつながっているのに、口から出たのは感謝の言葉どころか職業差別だ。自分でもサイテーだと思うが、この男のしつこい勧誘に、とうとう日頃の鬱憤が噴火しちまったんだ。
「あんな訳がわからない怪物のおかげで、家がなくなるかもしれないのに! 他人のことなんか知るか! それともあんた、あいつをやっつける方法を知ってるのかよ!」
するとそいつは「はい」と、屈託のない笑顔で答えた。
「はああああああ! だったら、あんたがやればいいじゃないか!」
すると、そいつは自分の顔を近づけてきた。
「なんの真似だ?」と、怪しんでいたら。そいつは他の人間が見てないか用心深く左右を見るなり、いきなり顔の皮膚を映画に出て来る探偵が変装を外すように皮膚を顎からめくり、中身を見せて来たんだ。
金属のロボットだった。
そいつは素早く皮膚を元通りにすると、こんなことをカミングアウトしだしたんだ。
「わたしは人間じゃなく、アンドロイドなんです。私がお勧めしている有機型プロテクター、《ダーザイン》は人間の生命エネルギーを糧に、強力なパワーを与えます。ですから私では扱えません。ただしお使えになるのは三度だけ、四度目はありません」
「な、なんで?」
「ダーザインは純粋な心に反応するように設定されています。それ以上、同じ人間が稼働しますと、人の心は弱いもので邪念が入ってしまい。公共のためでなく、泥棒とか復讐とか私事で利用しようとしてしまうんです。それを防止するために安全装置が備わっているんですね。悪意で戦うと変身は強制解除になってしまいますのでご注意ください。時間制限もあり、四分間しか戦えません。必ず右腕の市松模様をご確認ください」
「市松? なんだって?」
「失礼しました。チェスやオセロのゲーム盤のように赤と緑の四角の柄が並んでいるのですが、三十秒ごとに消えていくんです」
「全部消えたらゲームオーバーで変身が強制的に終了するわけか?」
「はい、それから一度、稼働したら、オーバーヒートを避けるために二時間は使えなくなります。ご了承ください」
「そ、そんな、どうせ有料なんだろう!」
「御心配なく無料ですよ、福祉法人コトダマは社会を担う若者や子供たちの育成を目的にしている組織です」
怪しい、怪しすぎる話だが、その時の俺は余裕というものがなかった。あの忌々しい怪獣が消えてくれさえすれば大助かり、また自分の部屋で勉強ができる。
こんなにあせってるのにはわけがあり、もともと柔道部のオリンピック強化選手だが、怪我がもとで右足がダメになり、体育では推薦がもらえなくなってしまったんだ。
男は俺の顔が明るくなったのをみると、「決心がついたようですね。ではこちらへ」と、俺を小学校の校庭に誘い出すと、ボストンバックを開けた。
するとどうだろう、虹色の光が俺を包むと、瞬時に金色の巨人に変化したじゃないか。
「さあ、いってらっしゃい! ご武運をお祈りします」
「まてまてまてー、どうやって飛ぶんだ!」
「飛べませんよ、歩いて怪獣のとこまでいってください!」
「ええ! そんなら現場まで送ってから変身させろよ、時間の無駄じゃんか!」
「生憎アンドロイドは運転免許の許認可が下りませんし、他の交通機関も麻痺して、バスも電車もタクシーさえも使えません」
「だったら自転車を用意しろよ! これじゃ走るしかないぞ!」
「いけません、そんなことしたら震動で住居が揺れて壊れてしまう。あくまで摺り足気味で歩いて移動してください!」
「くそお! なら武器はないのかよ、まさか素手で戦うんじゃないだろうな!」
「ご安心ください。腰のベルトにある左のレバーを押せばマグナムキャノンという拳銃型の大砲が両腕から出ます。撃てるのはそれぞれ六発、計十二発だけです。右のレバーを引くと、背中から盾、右太ももから、こん棒が出ます!」
結局、怪獣の所まで着いたところで時間が切れかかっていた。
無情にも右腕の模様が、秒ごとに減っていき、あとわずか三十秒なのを教えて来る。
「わ、わわっ!」
焦って拳銃型の大砲をぶっ放したが、効果は絶大で怪獣の翼に大穴が開いた。
「いける!」
続けて全弾撃ちつくしたところで、さしもの怪獣もグロッキー気味で千鳥足になっていたが、一回目はそれでおしまい。とどめを刺すまでには至らなかった。
俺は焦れ乍ら二時間を待った。
地獄の二時間だった。なんせ最前線で怪獣が大暴れしている中をわざわざ追いかけて、待つんだ。うかうかしてたら踏みつぶされてしまう。
いつの間にか俺に追い付いた山高帽の男が肩を叩いて知らせて来た、
「お時間です」
ちゃっかり電動キックボードに乗ってやがる。なるほど、これなら免許はいらない。
「あっ! 持ってんなら、はじめに貸せよ!」
「すみません、思いつきませんで」と、謝ってきたが、顔をみたら、まったく反省の色がない。まるで態度の悪いアルバイトのコンビニ店員みたいだ。
もっともアンドロイドだから表情が乏しいかもしれないが、とにかく俺は「もう、いいよ、二回目をやってくれ! そりゃあああああああ!」と、気合を入れた。
変身して、今度こそ怪獣と戦ったが、誤算だった、自衛隊は俺の存在を何かわからず、怪獣と誤解してミサイルや砲弾を雨あられと撃ち込んで来たんだ。「やめろ! こん畜生! 痛い!」と、叫んだら、脳天を爆撃されて気絶した。
気がついたら、元に戻っていて、山高帽の男が瓦礫の山のそばで看病してくれていた。
「どうしますチャンスは一度きりです、それも弾の補充も出来ませんし」
「怪獣は今どこだ?」
「大変申し上げにくいんですが、貴方が受験する大学に向って進んでいます」
「なにいいい! 今さらやめられるか! 変身だぁああああ!」
俺は起き上った。
怪獣に追い付いたのは約三分後だ。一分しか時間がない。
「くそお! やぶれかぶれだ!」
今度は右のレバーを押して、棘がついたこん棒と盾を出した。
しかし、もう少し大きくできなかったのか、盾は直径50センチで、こん棒は30センチの短いもの。いやいや、今の俺のサイズを忘れていた。たぶん50メートルに、30メートルだ。
それでも怪獣の火は盾で防いで、なんとかこん棒でぶっ叩いて倒すことに成功した。
「やった! 征伐!」
と、叫んで、ガッツポーズした瞬間、自衛隊の大砲が頭に命中して気が遠くなった。
「お、恩知らず……」と、自衛隊を罵りながら、俺はまたもショックで気絶した。
目が覚めた……。気がついたら、変身は解けて道路に寝転がっていた。
今度は山高帽の男はおらず、用済みになった俺を見捨てて、どこかへ去ったようだ。起き上がると満身創痍で、身体の節々が痛い。
「終わった、何もかも」もう夕方らしく、空が血のように赤い。
俺が守ろうとした志望校は残念ながら、あちこちの外壁がひび割れ、無傷とは言えない状況だ。
その前で怪獣は泡を吹いて絶命していた。
満足だった。
とにかく俺の人生の脅威を排除することに成功したんだ。
「俺って、できるじゃん」
そう言って照れていると、怪獣の死体が変化して泡になり消えていく。
そして、意外にも俺と同じ学生風の男が出て来たじゃないか。
「た、助けて」
「どうしたんだ、あんた」
「だまされたんだよ、強くなれるからって、変な女に誘われて……えーと、そうだ、そいつがカバンを開けたら、泡がブクブクと出て来て襲われたんだ。それから急に気が遠くなって……。気がついたら、あそこにいたんだ……」と、そいつは大学の門を指さした。
「女って、どんな格好していたんだ?」
「山高帽をかぶった、黒いスーツの女だった。俺が乗せられていた怪獣のことをザインとか呼んでいたよ」
「乗せられていた? おまえ自身が怪獣になったんじゃないのか?」するとそいつは首を激しく横に振り、「冗談じゃない、さっきも言ったじゃないか、女がボストンバッグを開けたら、急に泡の塊が襲ってきて……。それからはおぼえてない! ほんとうだよ! ただ、俺は勉強が遅れていて、いっそのこと、学校が消えてくれたらいいと考えていたのは確かだ」
「はあ?」
それで、ボンヤリ乍ら裏が読めて来た。
俺たちは実験に利用されたんだ。
どうやら、その破壊願望というのを女は利用したらしかった。
(こいつのタイプは人間のマイナスの思考をエネルギーにしてるのかも知らん――おそらく、こいつが使ったのが初期型で、俺のが改良型なんだろう)
呼称が違うのもそれで納得ができる。
初期型はパワーを重視で製作されたタイプで、力を制限する安全装置がついてなかったんじゃないだろうか――。
(だから、暴走した――自衛隊が俺も一緒だと思って、ボカスカ攻撃してきたんだ!)と、考えていたら、怪獣から出てきた、名も知らぬそいつは「俺たちヤバくないか? 生体実験はもう、御免だ!」と、怯えだした。
「捕まったら殺されるかもしれねえぞ! 巻き込んで悪いが、あんたもヤバいぞ!」
俺も同意見だ。
「まったくだ! あんた、大丈夫か? 一人で動けそうか?」
「ああ、だいじょうぶだ、なんとかなる。助けてくれて、ありがとう!」
そう言うと、そいつは起き上って「じゃあ」と、言うなり、意外なほどの速さで駆けだした。そいつを見たのはそれっきりだ。
「こうしてはいられない……」
俺も起き上り、反対方向へ駆け出した。
それから半年が過ぎた。
無事に大学に入学できたが、あれから落ち着いて眠れなくなっている。もう何もかも信用できない。自衛隊に追われているという怖さもあるんだが、あの怪獣から出て来た男も信用できなくなっているんだ。
こう思うんだよ。「よく考えたら、俺はボロボロなのに、あいつ、無傷だったよな? えらい勢いで駆けていたけど……。本当に人間だったのか? 山高帽子の男と同じ機械だったんじゃないのか?」ってね。
(と、なれば、俺だけがモルモットにされたことになるよな? ああ、あれこれ考えるのはやめよう、もう二度と巨人になることはないんだ」
そう、巨人になることはない。
でも、あの高揚感というか、快感はなかなか忘れられるもんじゃない。まだチョビットだけうずくんだ。
了
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