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「どうかしましたか?」  三嶋さんだと分かった私が玄関のドアを開けると、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている彼の手には紙袋が握られていて、 「先程挨拶した時に渡し忘れたので、これを」  その言葉と共に紙袋を私に手渡してきた。  どうやら挨拶の品らしい。 「あ、ご丁寧にどうも」  わざわざ律儀な人だななんて思いながら受け取ると、 「すみません、食事の最中でしたか?」と三嶋さんが申し訳無さそうな表情で尋ねてくる。 「いえ?」  何故そんなことを聞いてくるのか疑問に思った私が戸惑い気味に問い返すと、 「あ、そうでしたか。その、美味しそうな匂いがしたものですから」と少し恥ずかしそうに笑いながら答えてくれた。 「ああ、それで。今ちょうど料理をしていたところだったので」 「そうだったんですね。すみません、そんな時に伺ったりして」 「いえ、気にしないでください」  そんな当たり障りの無い会話を交わし、「それでは、失礼します――」と三嶋さんの方から話を切り上げた時、ぐぅーっと盛大なお腹の鳴る音が聞こえてきた。  その音は私のものではなくて、向かいに立っている三嶋さんのもの。 「す、すみません!」  あまりにも大きな音で驚いたのと恥ずかしいのか、三嶋さんは顔を赤く染めながら謝ってきた。 「いえ、時間的にもお腹空きますよね」  笑っちゃいけないのは分かっているのだけど、慌てふためく三嶋さんが可愛く見えて、思わず笑みを浮かべながらフォローする。 「今日は朝から引っ越し作業で慌ただしくて、ろくに食べていなかったから……」 「そうですよね、引っ越しの時って忙しくて、食べるのも忘れちゃいますよね」  そう話していて、彼が引っ越して来たばかりだということを思い出す。 (引っ越して来たばかりじゃ、これからコンビニとかでご飯、買いに行くのかな?)  別に彼の食事情を気にする必要は無いのだけど、何となく気になり、社交辞令かもしれないけどさっき美味しそうな匂い、なんて言ってくれていたこともあって気を良くした私は、 「あの、今さっき作り置きをするのに沢山作ったので……良かったらいくつか食べますか?」  挨拶の品も貰っているし、何かお礼が出来ればという思いからそんな提案を投げ掛けてみると、 「え!? 良いんですか!? 是非!」  再びパッと笑顔を咲かせた三嶋さんは嬉しそうに頷いた。
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