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8月某日、花火大会
とある地方都市の大規模な花火大会は、観光客も地元の人も含めてごった返す。たいていは何処も人が溢れていて、花火も見れてふたりきりになれる、なんて絶好の穴場なんてない。だが、翔は本当に知っていた。打ち上げる河川敷からやや離れた高校の敷地内に石垣とフェンスの隙間から忍び込んで、壮大な景色をちはやに見せていた。
ちはやは普段からおしゃれだとか女っぽさからは程遠く、花火大会だというのにTシャツとジーンズとスニーカー姿だった。だからこそこうして忍び込めたわけで、翔としては浴衣姿を見たかった欲と、ここでしか見えない絶景をちはやとふたりで分かち合える喜びとを天秤にかけて、後者を選んだのだった。
「すごーい…」
夜空に次々と打ち上がる花火に、ちはやが見惚れている。光に照らされて染まるその横顔を、翔は見惚れた。これだけでも満足ではあったが、今日こうして自分が通ってるわけでもない高校に侵入するという危険を冒してまでちはやを誘ったのは、他でもない、この鈍感な幼なじみに告白するためである。
「ちはや!」
花火のあがる音でかき消されないよう、花火がぱっと咲き誇った瞬間に言う。
「好きだ!」
翔がそのとき見たのは、ぽかんとした表情だった。そして、遅れて届いた爆ぜる大音量が、内臓を揺らす。
「……ごめん…」
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