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見習い天使、その行い
戦場は死が絶え間なく訪れる。
「母さんのつくってくれたチェリーパイ、おいしいよって言葉にすればよかった…」
エフィはその願いを叶え、記憶をそのままに時を戻し、彼を実家に返した。出征前につくってもらったチェリーパイを前に、彼は涙した。母親においしいと告げ、感謝し、幸福になった、と思われた。
凄惨な死の記憶も残っている彼は、戦争へ行くことを拒んだ。臆病者、軟弱者、周囲にどんなに詰られても耐えたが、世間体に疲れた母親から、どうしてあんたみたいな子に育てちゃったんだろうね、と言われた瞬間、幸福は絶望となった。
何故、もう一度やり直したいなどと思ってしまったのか、後悔が押し寄せた。こんなことになるのなら、あのとき死んだほうがましだった――
「悪魔のほうにスカウトしたいくらいだわ、って、別の先輩言ってた」
「いや、私ほど天使に対して純粋な情熱と才能を持ってる者はいなくてね?」
「ポイント加算どころか、マイナスになってる奴の才能って何だろな」
もうひとつは、世界的なバリトン歌手である。
交通事故による咽頭部損傷によって声を失ったのだ。存在意義をも失ったと感じた彼は自殺を図った。薄れゆく意識の中で、あの交通事故にさえ遭わなければ、もう一度あの日をやり直せるのなら、と願った。
エフィはその願いを受け入れた。彼は忌まわしい日をやり直せることに喜び、あの車に遭遇しないよう慎重に過ごし、事なきを得て世界ツアーは大成功を収めた。
だが、彼がその時間稼ぎをした場所は兼ねてからの不倫相手の居室であった。妻に対する完璧なアリバイは崩れ、妻からは巨額な慰謝料請求と養育費をとられ、スキャンダルは世界を席巻し、広告としてのイメージが失墜した挙句の損害賠償請求である。歌手は、名誉のあるまま死んでおけばよかった、と後悔をした――
「それは私の失点じゃないよね?」
「見る目がないおまえが悪い」
マノスが知るそのふたつだけではなく、山ほどエフィは失敗をしている。考えもなしに飛びついて目先の幸福を押しつけてるからだ、とマノスは思う。
次に失敗したら落第、と言われているエフィは慎重になっている、はずだった。
「おっと、レーダーに強烈な願いを捕捉! 3人同時に同じ願い事きた! 挽回のビッグチャーンス!!」
マノスが止める間もなく、エフィは翼を広げて下界へと飛び立ってしまった。
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