一行本屋

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「一行本屋?」  聞き慣れない店名に僕は首を傾げた。  客の問いに彼女は答えを返す。ほんのりと赤く、形のいい唇が動いた。 「当店に置かれている本はすべて一行しかありません」  抑揚はないがしっかりと届く声音で店員は言った。  一行? 声は届いても理解は及んでいない。  ここにある本、全部一行だけ? 「なんですかそれ」 「ご来店された方は皆様そう仰られます」  店員は声を少しだけ弾ませた。  レジまで距離があるため表情までは見えないが、客がみな同じ疑問を抱くことが可笑しいらしい。  けれどそれは当然のことだろう。一行だけの本なんて聞いたことがない。どうりで背の厚みが全部同じなわけだ。むしろ本当に中身が一行だけなら厚すぎるようにも思う。 「先程も申し上げた通り、当店に並べられているのはお客様がこれまでに読んできた作品です。この一行本はそれらの本文から一行を抜粋して作られています」 「表紙を開くとページの中央に一行だけ書かれているということですか」 「そういうことになりますね」  店員は、砂糖は甘いですねとでも言わんばかりに淡々と説明する。  けれど僕にはさっぱり理解できなかった。一行だけの本。そんなの誰が買うんだろう。  僕は近くにあった一冊を手に取った。高校の図書室で表紙に一目惚れしたライトノベルだ。  しかしあれほど惹かれた表紙も、ここでは背表紙と同じく無地にタイトルと作者名だけが書かれたシンプルなものになっている。  裏表紙に至っては完全に無地だ。バーコードも見つからない。
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