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一行本屋
「いらっしゃいませ」
店の扉を開けると、抑揚のない女性の声が出迎えた。からんと鳴る鈴の音に誘われるように僕はおそるおそる中へ入る。
店内は入口から奥へと一本の通路が真っ直ぐに伸びているだけのシンプルな造りだった。外観よりも内部は奥行きがあるように見える。
他に客もおらず静かだ。通路の突き当たった場所にはレジがあり、エプロンを着けた女性店員が立っている。
通路の両脇の壁は本棚で埋め尽くされており、天井は本棚で支えられているかのようだった。窓すらない。棚には同じ色、同じ大きさの本がずらりと並べられている。
こんな山奥に本屋があるなんて。
「こんばんは。ここは最近できたんですか?」
静寂に耐えかねて僕は店員に声をかけた。
蛍光灯の明るさが足りないのか、薄ぼんやりとした通路をゆっくり進んでいく。
「はい。本日開店いたしました」
「へえ新しいお店なんですね。看板ありましたっけ」
「いえ。看板は立てておりません」
「そうなんですね。これ小説ですか?」
僕は壁一面の本棚に隙間なく並べられた同じ幅の背表紙を眺めながら尋ねた。
背表紙はとてもシンプルなデザインで、白無地にタイトルと作者名のみが記載されている。こんな背表紙は見たことがない。
本の幅だけでなく高さもすべて均一だった。遠目に見ればまるで長方形のタイルを敷き詰めたかのようだ。
あまりにも同じ形が連続しているため、じっと見ていると目が回りそうになる。
「はい。当店は小説のみ取り扱っております。お客様は本がお好きなようですね」
「え、まあそれなりにですが」
「その本に見覚えはありませんか?」
その本、というのがどの本のことなのかわからなかったが、僕はひとまず近くにあった本の背表紙に目をやった。
ブレてしまいそうな焦点を合わせて背表紙の文字に目を凝らすと、タイトルに見覚えがある。
確かこれは僕が中学生の頃に好きだったファンタジー小説だ。学校の図書室で借りたものの読み終わるのに時間がかかってしまい返却が遅れて怒られたのを思い出す。
その下の棚に並んでいるタイトルも、その右隣も、さらに右隣にも、同じ形の背表紙には目にしたことのあるタイトルが書かれていた。
「ここにある本はすべてお客様が過去に読んだことのある小説です」
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