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「すみません。人にぶつかりそうだったから」
大和の声が耳元で響く。肩から手が離れていき、蓮は息を吐き出した。
「……ごめん。ありがとう」
礼を言いながら、ふと鼻をくすぐる甘い香りに顔を上げる。さっきまで蓮が出演していた香水イベントの、宵涼みの香りだった。
「これ……新作の香水?」
「ああ、はい。浴衣着た時、スタイリストさんがつけてくれました。いい香りですね」
大和は首筋に指を滑らせ、ゆっくりと頭を傾けた。香りを楽しむように、目尻を下げて微笑む。
サンダルウッドとバニラの甘さを纏うその姿は、本当になんだか、おかしな色気に満ちている。蓮はまた、落ち着かない気持ちになった。
こんなにも心が揺すぶられるのは、今夜の大和の浴衣姿が魅力的だから、という理由だけではない。
蓮はここ最近ずっと、ソワソワとドキドキが混じったような感情を大和に対して感じている。
「それ、その香水、いろんなサイズもらったから。気に入ったんならあげようか?」
なんとか落ち着きを取り戻そうと、軽い口調で尋ねる。
「いえ、大丈夫です。もう全サイズ買ったんで。イベント限定の能見蓮デザインボトルも、全種コンプリートしました」
自慢げな顔で大和が答えた。
「……あ、そう」
いつもみたいに、呆れたように一瞥する。
オタクな大和を見て、蓮の心臓はやっと一定のリズムに戻っていった。
いくつか屋台を見て周り、二人でかき氷を買った。まるでパフェみたいにクリームやソースのかかったチョコレート味を食べながら、参道を歩く。
「あま……」
マンゴー味を選んだ大和の呟きが聞こえ、一口味見をさせてもらった。
ひんやりとした氷がふわっと溶け、濃厚なマンゴーの甘さが広がる。果肉の食感とアイスクリームがまたよく合っていて、けれど確かに、甘過ぎると感じる人もいるかもなと思った。
「俺はこんくらい甘くても平気」
自分のかき氷も一口――チョコソースとアイスとクリームがたっぷり乗った部分を選んで――スプーンで掬って大和に味見させる。
「う、ん……あま、うまいです」
案の定、大和は口を窄めて情けない顔になった。それに笑うと、眉を下げたまま大和も笑う。
甘さに苦戦しながら大和がかき氷を食べ切った頃、カランカランという音に視線を向けた。
射的の屋台だった。色とりどりの景品が並び、屋台の店員が小さな鐘を鳴らし声を上げている。
蓮は思わず足を止めた。以前祭りに来た時も面白そうだなと思ったけれど、結局やらずに帰ってしまった。
「やってみます?」
大和が蓮の視線を追って、射的屋を指差す。
「……でも、やったことないから……」
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