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撮影スタジオのミーティングルームで、蓮はRidiculousのメンバーを待っていた。今日は初回の顔合わせと、MVの簡単な内容説明が予定されている。
何度か目を通した撮影資料を、もう一度確認する。
MVを撮る楽曲のタイトルは『Karman Line』。カーマンラインとは、海抜高度百キロメートルに引かれた仮想ラインのことで、このラインを超えた先が宇宙空間、それ以下は地球の大気圏内と定義されているらしい。
数日前、資料をもらった時に調べて、初めて知った単語だった。
蓮が演じるのは、孤独感や疎外感を抱える青年。バンドのパフォーマンスシーンと蓮の演技シーンが交互に切り替わり、最後に彼が未来へ向けて一歩踏みだすといった、よくある構成のMVだ。
「Ridの今回のMV、蓮君にぴったりですよね。悩める美青年って感じで。いい役だと思いますよ」
マネージャーの砂川が言う。二十三歳の蓮よりも二十は年上であるのに、いつも敬語を使い、礼儀正しい。きつめに叱られることも多々あり、蓮を特別扱いしない。砂川は業界内で心許せる数少ない人間だった。
蓮は資料から目を離さずに、曖昧に頷く。
「冷めた顔とか、つまんなそうにって表情が多いから、演技力もそんなに必要ないしね」
小さく肩をすくめると、砂川が「そんなことないですよ」と明るい声を出す。
「蓮君の憂いを帯びた表情、絵になりますよ、絶対。Ridの製作陣、分かってるなぁ」
砂川が笑った時、ミーティングルームの扉が開いた。
「お待たせして申し訳ありません。リディキュラスのマネージャーの長野です」
眼鏡をかけた男が名刺を出し、砂川がそれに応える。
「能見のマネージャー砂川です」
蓮も立ち上がり、「能見蓮です。よろしくお願いします」と頭を下げた。
砂川と長野、ディレクターらが名刺を交換している間、蓮の向かいの席にバンドメンバー達が腰を下ろす。
Ridのメンバーはプロフィール写真の印象よりも、全員体格が良く派手だった。金髪、銀髪、青髪に加え、耳や唇、眉毛にまで開いたピアス、身体中に入れられたタトゥー。
――怖……。
ザ・バンドマンという雰囲気に圧倒されながらも、蓮は背筋を伸ばした。
「初めまして。能見蓮です。よろしくお願いします」
会釈すると、一番右端の男が軽く片手を上げた。
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