14

4/4
前へ
/72ページ
次へ
「ふ、父さん、アンチ認定されちゃったね」  静まり返る部屋に、蓮の笑い混じりの声が響いた。 「本当にもう帰っていいよ。忙しいんでしょ?」  蓮は軽やかな口調で言う。ちらりと大和を見て、再び佑作に視線を戻す。 「でも、大和にちゃんと謝ってよ。俺の大事なファンだよ」  佑作は困惑した表情を浮かべながら、大和へ身体を向けた。一瞬の躊躇いの後、彼は深く息を吐いた。 「……確かに、失礼な物言いだった。申し訳ない」  頭を下げられ、大和は「いえ」と短く答える。脳内がパニックを起こして、言葉が出てこない。  佑作は再び蓮を見て、何か言いかけたが、結局口を閉ざした。 「じゃあ、私は失礼するよ」  佑作は静かにそう言うと、眼鏡の男と共にスタジオを出て行った。  ドアが閉まると同時に、スタジオ内の緊張が一気に解けた。 「お騒がせして、すみませんでした」  蓮の言葉に、スタッフたちはほっとしたように息を吐き、慌ただしく各々の作業へと戻り始める。 「大和」  蓮が大和の隣に歩み寄り、わずかに目を伏せた。 「ごめん。父さんが、ひどいこと言って」 「い、いえ、そんな全然……俺こそ、お父様に大変な無礼を……」  「アンチ?」 「そ、そう、その……本当に、申し訳ありませんでした……」  項垂れ下げた頭に、蓮の笑い声が落ちた。 「謝んなよ。俺も、スッキリしたし」  顔を上げると、蓮と目が合う。  柔らかく細められた目が優しげで、心底綺麗で、思わず見惚れてしまう。 「……ありがと」  蓮が呟き、そっと大和の腕に触れた。  ベースのタトゥーに刻まれた『赤い心臓』の文字を撫でて、「ごめんね」とまた謝る。  その優しい仕草に、大和の胸は締め付けられた。自分の腕にある蓮の温もりを、捕まえたくなる。  ――付き合う友人は選べと言っているだろう。  佑作の言葉が頭をよぎって、身体が強張った。拳を握りしめ、蓮に触れたいという気持ちを押し殺す。  彼は違う世界の人だ。自分なんかがいくら手を伸ばしても、決して届かない。  分かりきっていた事実なのに、胸がじくりと痛む。  遠くから蓮を見つめていた頃を思い出す。純粋に蓮のことを推しとして応援できていた頃。オタクとして自分の立場をわきまえ、彼の幸せを素直に願えていた。  その距離にいた方が、ある意味幸せだったのかもしれない。彼に触れることができる所まで近づいたら、欲が出た。蓮を自分のものにしたいなんて、叶わない願いを抱えてしまった。  大和は胸の痛みを飲み込んで、なんとか笑顔を作る。 「……俺は、本当に大丈夫です。……あの、俺そろそろ戻ります。見学できて、嬉しかったです」 「うん。撮影、頑張って」  ありがとうございますと蓮に頭を下げ、スタジオを出た。  廊下を歩きながら、溜め息みたいな息を吐いた。蓮に触れられた腕が熱い。  赤い心臓が、苦しげな鼓動を響かせているみたいだ。 
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加