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香水の新作発表イベントを終え、蓮は拍手と歓声を受けながらステージを降りた。控室へ続く廊下に、軽やかな下駄の音が響く。
晩夏に発売される香水、「宵涼」という名前にちなんで、今日のイベント衣装は浴衣だった。
いつもより狭い歩幅で控室に戻ると、部屋には砂川と、大和の姿があった。
「蓮さん……おつかれ様です」
座っていた大和はさっと席を立ち、無表情でスマホを取り出す。
「撮っていいですか」
言葉と同時にシャッター音がした。カシャカシャと続くそれは無視して、砂川に声をかける。
「砂川さん、今日は送りいらないから」
「ああ、この後大和くんと食事に行くんですよね。本当に仲良しですねぇ」
「……別に、仲良しっていうか……」
ちらりと大和に視線を向けると、まだ蓮をスマホでとらえている。
「いつまで撮ってんだよ。おしまい」
どうやら動画撮影に切り替えたらしいカメラを手でふさぎ、撮影を止めさせた。
「蓮さん、浴衣めちゃくちゃ似合ってます」
「……ありがとう」
「本当に、最高です……洋服も和服も似合うなんて天才すぎます……芸術品みたい……」
うっとりとした様子で蓮を褒めちぎる大和に、周りのスタッフ達からは生ぬるい視線が寄せられる。
一ヶ月ほど前、突然撮影現場にやって来た蓮の父親を、大和が「アンチ」呼ばわりするという、ちょっとした出来事があった。
その騒動の後、父は今季も無事当選を果たしたけれど、能見佑作アンチ呼び事件と、Rid大和が蓮のガチオタだという話は、しばらくの間業界内で話題になった。
「マジで素敵すぎます……ずっと見てたいです」
「……ずっとは無理。もう着替えるし」
「ええ……」
残念そうに眉を下げる大和に、顔馴染みのスタイリストがそうだと手を叩いた。
「蓮くん、このまま浴衣着て、そこのお祭り行ってくれば?」
「ええ?」
今度は蓮が眉を寄せ、声を上げる。
そこのお祭り、とは、同じ敷地内で開催されている夏祭りのことだ。今日の香水イベントも、この祭りのプログラブの一つだった。
「でも……人多いし、騒ぎにならない?」
香水イベントに来てくれた蓮のファンの多くも、この後祭りへ流れるだろうし、気づかれる可能性は高い。
蓮が砂川に視線を向けると、彼は軽く笑って答えた。
「日が暮れてきて薄暗いし、少し周るくらいなら大丈夫じゃないですかね」
「そうそう。あ、ちょっと待って」
スタリストが『浴衣・メンズ』と書かれた段ボールを開け、中からビニールに包まれた浴衣を取り出す。
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