95人が本棚に入れています
本棚に追加
「これ、大和くんも着て行ったら?余った提供品だから、そのまま着て帰っていいよ」
「え、いいんですか」
「うん。着付けてあげるよ」
どんどんと話が進み、スタイリストと大和は更衣スペースに消えてしまった。
「……なんか、お祭り行くことになっちゃったじゃん」
唇を尖らせる蓮に、砂川は「良かったですね」と笑う。
「……良くないし」
そう答えたものの、きっと砂川には蓮が本気で嫌がっていないことはお見通しだろう。
砂川の優しげな視線から逃れるように、蓮は意味なくスマホをいじった。
「はい、浴衣イケメンお待たせー」
スタイリストがカーテンを開け、着替えを済ませた大和が出てくる。
大和は濃紺の浴衣に、献上柄の灰色の帯を締めていた。薄い生地が身体のラインを拾い、しっかりと筋肉のついた体格の良さが際立っている。
いつもは下ろしている前髪もアップバングにセットされていて、大人っぽいし、なんていうか――……
「うわぁ。大和くん、本当に似合ってますよ。男の色気があるね」
砂川が、まさに蓮の抱いた感想を口にする。
「ありがとうございます」
大和が照れたように笑い、蓮に視線を向けた。
「あの、……俺、どうですか?浴衣、初めて着たから……」
不安げに上目遣いで見つめられ、心臓が跳ねる。
――こいつ……こんな顔、わざとやってるんじゃないだろうな。……ああもう、心臓うるさい。
理不尽な怒りとも焦りともつかない複雑な感情が、蓮の鼓動を悪戯に早める。
「……似合ってる」
蓮は目をそらし、呟くように答えた。頬が熱くて、唇を噛んだ。
「それじゃ、楽しんできてくださいね」
いつも以上のにこにこ笑顔で砂川に見送られる。扉が閉まる直前、砂川が蓮にウインクしたのが見えた。
夏祭りの会場は、多くの人で混みあっていた。参道の両側にはびっしりと屋台が立ち並び、威勢のいい客引きの声や、美味しそうな香りが溢れている。
夏祭りは、中学生の時に一度来たことがあるだけだ。 夏休みのほとんどを避暑地の別荘や海外で過ごす生活だったし、この仕事を始めてからは、行く機会も行こうという気持ちにもならなかった。
約十年ぶりの祭りの雰囲気に、テンションが上がる。
「すごい。店がいっぱい。あ、タンフルもある」
興奮気味に辺りを見回す蓮に、大和が笑った。
「なんか食いますか?」
「うん……こんなに色々あると迷うな」
「あ、蓮さん」
屋台の看板を順に目で追っていると、大和に肩を引かれた。人混みの中で突然引き寄せられた驚きと、大和との急接近に思わず息を呑む。
最初のコメントを投稿しよう!