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腕に刺繍されたハートの部分を指でなぞって笑うと、ふいに大和の手が伸びてきた。ぬいぐるみを持つ蓮の手に、大和の大きな手が重なる。
驚いて顔を上げると、大和は真剣な――けれどどこか切なそうな表情を浮かべていた。
「大和?」
蓮の呼びかけに、大和の瞳が揺れる。
「蓮さん、俺――」
大和が何か言いかけた時、すぐ隣で「あ」と声が上がった。
「え、うそ、能見蓮?」
「やば、蓮だ」
「隣にいるの大和?」
騒がしくなる周囲に、大和の手がぱっと離れる。蓮は反射的に顔を伏せ、大和に「帰ろう」と小声で告げた。
頷く大和と共に、参道の人混みへ足早に紛れる。星形のぬいぐるみをぎゅうと胸に抱きながら、祭り会場を後にした。
煙と一緒に、手持ち花火が光のラインを何本も吐き出す。一気に周りが明るくなって、花火を持つ大和が照らされる。
光の放出が終わると、薄暗闇に火薬の匂いが立ち込めた。
「あと、線香花火だけですね」
水の張ったバケツに花火を片付け、大和が線香花火の束を解く。
祭り会場の近くでタクシーを拾って、蓮は大和の家を行き先にした。「寄ってもいい?」と尋ねる蓮に、大和は笑顔で頷いてくれた。
途中立ち寄ったコンビニで花火セットを買って、浴衣のまま、庭で数種類の手持ち花火を楽しんだ。
蓮は縁側から腰を上げ、大和から線香花火を一本受け取る。
「お祭り、楽しかったね」
蝋燭に花火の先をかざし、火が灯るのを待ちながら言うと、大和が笑った。
「俺も、すごく楽しかったです。今日のことは一生忘れません」
「一生とか……また、大袈裟」
炎が火薬に点火し、太陽みたいな玉の光を作る。
「大袈裟じゃないです。……蓮さんと一緒にいられる時間は全部、俺の一生の宝物です」
大和の声は、いつもより低く、切実な響きがあった。
「……ファンだから?」
思わず漏れた蓮の言葉に、大和は少し驚いたように目を見開く。そして「大ファンだから」と、静かにうなずいた。
「……そっか。これからも、応援よろしく」
「まかせてください」
そんなやり取りを交わしながら、蓮の心臓は締め付けられたように痛む。ひたすらに線香花火を見つめ、突きつけられた自分の本心を自覚した。
――ああ。俺、大和のことが好きなんだ。
火花がパチパチと弾ける。
パチパチ、チカチカ。
花火みたいに感情が散り、溢れだす。
音楽とか星とか、好きなものにまっすぐで、情熱的なところがいいなと思う。いいなと思って、羨ましいと思って、強く惹かれた。
報われない努力を必死にする格好悪い蓮を知っても、「もっと好きになった」と言ってくれた。何も持っていないと思っていた蓮に、「俺の心臓だ」と言ってくれた。
それなのに。
さんざん、熱烈な愛の塊みたいな言葉や視線を注ぎ続けるくせに、蓮の熱愛や結婚は応援するという。
大ファンだから。推しだから。
どれほど情熱的に思われていても、大和の中で蓮は、遠い宇宙に浮かぶ、蠍座みたいな存在。
アンタレス。赤い心臓。身体には刻んでくれても、心の奥には届かない。
線香花火は細い光を散乱させ、そして大きな火玉が、ぽとりと地面に落ちた。
大和の視線を感じる。切ない気持ちで顔を上げて、微笑んだ。
「見すぎ」
「……すみません」
自分と同じ香りを纏った男は、謝ったくせに目をそらそうとはしなかった。
縁側に座る星形のベーシストが、ご機嫌な顔で蓮と大和を見ている。
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