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「お疲れさまでした」  蓮は軽く息を吐きながら、演技指導の講師に頭を下げた。発声トレーニングの名残で、喉元がほんのりと熱い。 「お疲れさま」  講師が柔らかな表情で返す。 「蓮君、最近本当に良いね。君のカラーが出てきた感じ」  厳しいことで有名な講師からの言葉に、思わず頬が緩む。「ありがとうございます」と再び頭を下げ、スタジオを後にした。  更衣室に向かいながら、蓮は講師の言葉を反芻していた。演技の個人レッスンは昔から続けてきたけれど、最近は褒められることが増えた。自分でも、以前より前向きに取り組めているのを感じる。  親の七光りだとしか思われない自分なんて、努力したって意味がないと思っていた。才能だってないし、必死になってもみっともないだけだと。  けれど今は、一生懸命になることを恥ずかしいと思わなくなった。むしろ、「どうせ俺なんて」と腐っていた過去の自分を恥ずかしく感じる。  親の七光りを誰より気にしていたのは、結局自分自身だったと気づいた。    蓮は更衣室に戻ると軽く髪を整え、スマホで自撮りをした。「今日も一日お疲れ」と、自身とファンへ向けたコメントを付けてSNSに投稿する。  ここ数週間の蓮のアカウントは、仕事関連の告知だけでなく、プライベートの共有も増えている。少しでも蓮を応援してくれている人に、喜んで欲しいから。  こんなふうに、仕事に対する考え方を変えてくれたのは大和だった。  もちろん、芝居の勉強やファンとの交流を増やそうと思ったのは、蓮自身がそうしたいという気持ちがあったからだけれど。  自分の代わりなんていくらでもいると思っていた蓮を、大和は驚くほど――時に呆れるほどの情熱で、肯定し続けてくれる。  能見蓮に生きる活力を貰っている人が世界中にいると、教えてくれたのも大和だ。  そんな大和に惹かれる気持ちが、人間として、または友人としてであれば、彼とはとてもいい関係を築けていたはずだ。  けれど実際は、恋愛感情だから、どうにもならない。  同性を好きなるのは初めてだけれど、大きな抵抗がないのは、自分に元々その傾向があったからか。それとも、相手が大和だからか。  厄介な男を好きになってしまったと、心底思う。  蓮を何よりも大事だ、己の心臓だとまで言うくせに、決してファンという場所から近づいてきてくれない。  蓮の熱愛でさえ応援してくれるらしい相手への恋心は、成就することなく、これから先も蓮を苦しめるのだろうか。  ――初めての片思いがこれなんて。どんな苦行だよ。  溜め息がこぼれ、胸の奥がずしりと重くなる。  気持ちを切り替えようとスマホを確認すると、メッセージが届いていた。  今日も、この後大和と食事の約束をしている。大和からかなとアプリを開くと、メッセージの差出人はリックだった。 『仕事終わったら電話して』
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