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――何だこれ。……うるさ。
能見 蓮は、自分のスマホに舌打ちを落とした。イヤフォンの音量を下げる。耳を刺す攻撃的な音が少し遠くなった。
画面には四人組のバンドのライブ映像が映っている。ボーカルが叫び、ギターが走り、ベースが跳ぶ。ドラムが激しくスティックを打ち鳴らし、ひたすらに音と音が暴力的に重なる。蓮はそれらを、冷めた目で眺めた。
マジでうるさい。さっきと同じことを思って、もっと音量を落とした。
「レン、何見てんの?」
遊び仲間の男がバーカウンターの隣に座った。よく見る顔だけれど、名前は知らない。男からは、アルコールが強く香る。
「バンド?え、これRidiculous?」
男が興奮したように、蓮のスマホを覗き込んだ。
「そう。知ってんの?」
「フェスとか行ってる奴はみんな知ってるよ。去年のフジロックもメインステージ出たし」
「へぇ」
「レンも好きなの?」
蓮はスマホの再生を止め、イヤフォンを外す。
「……仕事で、このバンドのMV出ることになったから」
「うわ、マジ?」
男の口角が嫌な感じに歪む。
――言わなければよかった。後悔したけれど、もう遅い。
「おい、レンがRidのMV出るんだって」
「うそ、すげ」
「マージで?俺ライブ行ったことあるんだけど」
さらに数人が集まってきた。サインやらライブチケットをねだる声の中、最初に隣に座ってきた男が蓮の肩をぽんぽんと叩く。
「MVだったら声入らないし、見た目さえ良ければいけるもんな。レンにぴったりじゃん」
口元にあった嫌な感じを顔全体に広げ、男はニヤニヤと笑った。蓮は胸の内だけで、うんざりとため息を吐いた。
蓮はモデルから芸能活動を始め、今は俳優業もこなしている。先月で放送が終わった連続ドラマにも出ていたけれど、蓮に関しての世間の評価は「顔だけしか褒めるところがない」だった。
蓮は不快な気持ちを押し殺し、男に向けて薄く笑った。
「まあね。顔が良くて助かってる」
男の眉間に深く皺が刻まれるのを見て、さらに笑みを深くしてやる。
「帰る」
蓮が席を立つと、それに気づいた周りから「もう帰るの?」「まだ遊ぼうよ」と声がかかる。それらに適当に応えて店を出た。
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