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「今回のMVのテーマは、楽曲タイトルの『カーマンライン』です。目の前にある自分の境界線を越えることなんて、地球と宇宙を分けるカーマンラインを飛び越えるよりずっと簡単だ、という楽曲メッセージを、このMVで表現したい」  ディレクターがパソコンをいじり、プロジェクターに数枚の画像を映す。カラフルなライトに彩られたクラブの床、人で賑わう繁華街の景色の中、酒やスイーツが溢れ、派手に飾られたパーティー会場のテーブルの上。  そのどれもに、光のラインのような白っぽい境界線が引かれている。 「このMVでは、仮想のラインであるカーマンラインを、実際に目に見える形で表現します。境界線として視覚化することで、その重要性を強調していく狙いがある。いつも境界線の前で立ち止まり、孤独や疎外感を感じていた青年が、ラインの向こう側へ飛び込んでいく、というのがラストシーンになる」  ディレクターが説明を続ける中、蓮はチクチクと肌を刺すような視線を、左側から感じていた。大和だ。  蓮が大和を見ると視線は外れ、資料に目を戻すとまた睨まれる。思わず舌打ちをしてやりたくなって、唇をきゅうと噛んだ。 「その青年役を演じる能見君に、Ridのみんなから、こう演じて欲しいとか、なにか要望はある?」  ディレクターから話を振られたメンバーが顔を見合わせ、将暉が代表で口を開いた。 「演技とか、俺らはよく分からないんで。プロに任せますよ」 「そうそう。――あ、じゃ、大和は?なんかないの?」  透矢がニヤリと笑い、大和を見る。  大和は心底面倒くさそうに、はぁと息を吐いた。蓮に一瞬視線を向け、そしてまたすぐにそらす。 「……別に、なんもない。なんでもいい」  投げやりなその言い方に、蓮は眉間がピクリと震える。  ――マジでコイツ、なに。ムカつくんだけど。  蓮のことが嫌いなのか知らないけれど、こんなにも露骨に態度に出す奴は初めてだ。 「それじゃ、演技の方向性は現場で詰めていこうか。リリース予定は八月なので、今後のスケジュールについて――」  ディレクターが苦笑いで、場の空気を取り持った。撮影日程の説明を聞きながら、蓮は苛立ちを自慢のポーカーフェイスに隠した。 「それでは、これからよろしくお願いします」  顔合わせと打ち合わせを終え、スタジオを出る際、蓮は砂川と共にメンバーに改めて挨拶をする。あえて大和の前に立ち、正面から男の顔を見据えた。 「大和さんにも認めてもらえるよう、精一杯頑張ります」  お前なんなのマジでムカつくね、という表情と声で言ってやる。ポーカーフェイスは完全に捨てた。  大和は蓮を見下ろして、ハンと鼻で笑う。 「……頑張ってください」  言葉の前に「どうでもいいけど。無駄だと思うけど」が省略されたみたいな頑張ってを残して、大和はスタジオに戻って行った。
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