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ウサギさんは、山の中腹あたりの切株で丸くなって昼寝をしていた。わざとなのは明白だ。油断して、僕をナメくさって寝ているウサギ。そのふりをして、今のうちに僕に先に行けと言っているのである。
つまりは僕が、この勝負に勝つために。
最初から僕を勝たせるために。
――ありがとう、ウサギさん。
僕は、その厚意を受け取ることにした。彼は僕に、“競争でウサギに勝った”という実績をつけさせたいのだ。そうすれば僕が僕に自信を持てるようになる。頑張ってもどうしようもない――そう言った僕の気持ちを変えられると考えたのだ。
なんともお人よしがすぎる。それで厳しく指導した結果、自分が森のみんなから嫌われ者になってしまっているのに。
――なんで、そこまで僕を心配してくれるの、君は。
あと少しで頂上。ゴール、と言った時だった。
「大変だ、大変だ!早く頂上へ逃げろ!」
ばたばたばたばた、とウグイスたちが慌ててこちらに飛んできた。
「昨日雨で、地盤が緩んでいたらしい。あっちこっちで土砂崩れが起きてる。この道も危ないぞ!」
「え!?」
僕はぎょっとして後ろを振り返った。
「う、ウサギさんが!」
彼は、僕がゴールするまでずっと昼寝を決め込むつもりだ。だとすれば、多少の地響きが聞こえてもきっと気づかないに違いない。
「おい、カメ、駄目だって!」
ウグイスさんたちの忠告を無視して、僕は坂道を駆け下り始めた。早く、早く、早く、早く。この道が土砂で埋もれてしまう前に、ウサギさんを起こして逃げなければ!
「ウサギさん、起きて、起きてよう!大変だよう!」
僕はまだ切り株の上にいたウサギさんに、思い切り頭突きをかまして言った。
「競争どころじゃないよ!土砂崩れが起きてるって、この道も危ないって!頂上の方なら安全みたいだ。ウサギさん、早く逃げよう!」
「え……え!?」
驚くウサギさん。まだ寝ぼけている彼を、僕は乱暴に甲羅の上に座らせた。そして、全速力で坂道を登り始めたのである。ウサギさんはそんなに大きくないが、それでも普段よりずっと体は重いはずだ。なのに、僕は僕自身で驚いていた。まさか己がこんなに速く走れるなんて、思ってもみなかったから。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
僕は頂上を目指して、短い手足をめいっぱい動かして走る、走る、走る。
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