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「ねえラブレターもらった!」
嬉しそうに僕に駆け寄るこいつに、ちゃんと親友としての顔を向けられていただろうか。
「ええ?誰に」
「中本さん」
「誰だよ」
「図書委員の中本さんだよ。お前も会ったことあるだろ?」
知らない。どこの馬の骨だそいつは。法律が許すなら僕はそいつを殺すだろう。
「しっかしラブレターとは古風だな」
「ロマンがあるな。さすが中本さん。文学少女だ」
「そういうのが好きだったのか、お前は」
「いや別に好みとかじゃないけど、いい子だよ、中本さん」
「いい子って何。どんなの」
「ええー?」
こいつは僕が全く間抜けな質問をしたかのように笑う。僕は真剣だ。
「会ったらいつも目を見て挨拶してくれるところとか、図書室で騒いでいる人にちゃんと注意してるところとか、下級生に親切なところとか」
「いい子のハードル低くない?」
「そうか?当たり前のことを当たり前にできるって、素晴らしいことだろ。あと、文学少女なのに数学が得意なところ!」
数学の成績ならきっと僕の方がいいぞ。
「そんな子が俺のことを好きになってくれたなんて光栄だよ」
「ふーん。付き合うの?」
「うーん」
おや、と思った。てっきり即OK、まずは手を繋ぎ放課後デートから付き合って一ヶ月で初キス、幾度かのお家デートをこなしてから初体験を済ませ、その後大学受験を期に別れるような絵に描いた高校生カップルが誕生すると覚悟を決めていたのだが。
「付き合わないのか?」
「うーん、正直オツキアイってしてみたいんだけどさ」
こいつはちょっと黙る。俺は待つ。こいつは本当に大事なことはちゃんと考えてから言葉にする。
「中本さんを恋愛として好きかどうかってのがイマイチ分からないんだよな。人として好感は持ってるけど。それにオツキアイしたらデートとかするわけじゃん。多分」
「まあするだろうな」
「この前中本さん含めた女子同士が話してるの聞いたんだけど、中本さん、美術館とか博物館に行くのが好きなんだって」
「へえ」
僕たちには縁のない場所だな。
「それとゲームはテトリスもやったことないんだって。ゲームといえばトランプか人生ゲームだってさ」
「へええ」
小学生のときからAPEXに心血を注いでいる僕たちとは相容れなさそうだな。
「それとマックに一度も入ったことがないんだって」
「えーいるのかよそんな現代人」
「家の方針だって」
「オジョーサマなのかよ」
「さあな。でも育ちは良さそう」
育ちが違いすぎて僕たちには合わないんじゃないか。
「それで、付き合うのか」
「うーん」
「何悩んでんだよ」
ここで僕は一世一代、公の場で自傷行為をする。見ておけよ。
「別に悩む必要なんてないだろ。セックスするために付き合うと思えば答えは簡単だろ。お前だってしたいだろセックス。そのためにはオツキアイしなきゃならないんだぜ」
こいつは「馬鹿っ」と鞄で僕の背中を叩いた。僕はつんのめる。
「セックスセックス言うなっ、廊下でっ」
「お前も言ってんじゃん」
「お前が先に言ったからって」
「セックスって?」
もう一度どつかれ、僕はよろけながら廊下を駆ける。こいつは僕を追いかける。
廊下にはちらほらと同級生たちがいたが、誰もあまり気に留めない。よくある男子同士のふざけっこだ。
女になりたいと思ったことはない。
もし僕が女だったら、こんな何気ないやり取りはきっとできない。小二で出会って仲良くなることも、一緒にサッカー部に所属することも、朝までゲームに打ち込むことも、同じ部屋で雑魚寝することもきっとなかった。
性欲なんてバグみたいなものだ。食欲や睡眠欲と違って意志の力で消すことができる。なくても死なない。
だけど絶大な影響力を持っていることは認めなくてはならない。恋愛とか、結婚とか、多くの場合性欲を端に発するはず。
金も地位も名誉もある男が一夜の過ちで全てを失うこともある。逆の立場もまた然り。他人の性欲のせいで人生を滅茶苦茶にされたような事件は枚挙にいとまがない。
もし性欲なんてなくて、恋愛なんて概念もなくて、交配相手は国が自動的に用意されている世の中だったらよかった。僕もこいつも国民の義務として、どこかの女と交配して子供を作って、親友としてあり続けられた。
なんだよ自由恋愛って。
同性愛があり得ない時代に生まれたかった。そうしたらなんの葛藤もせず、この気持ちを墓場まで持っていける決意ができていた。
僕は考えざるを得ないのだ。
今煮詰まっている同性婚ができるかできないかの話。もしできるようになって、将来こいつが男と結婚したらどうしようって。そうしたら俺は、思いを伝えなかったことを首を吊るほど後悔するだろう。
敵が女だけならよかった。いや、絶対女だけだ。こいつからそんな素振りは一ミリも垣間見えたことはないし。
だからこいつは、こいつはいい男だから、大人になったら結婚して家庭を築くだろう。こいつはいい男だから、きっとそれは恋愛結婚で、奥さんとは相思相愛だし、設けた子供のことも世界一愛するだろう。
そうしたらこいつの中の僕の優先順位は下がるだろう。僕との思い出なんて風化して、奥さんと子供との人生を歩み、死ぬ時は孫たちに囲まれて僕のことなんて思い出しもしない。
どうせそんな未来が待ち受けてるなら、いっそ玉砕したらいいんじゃないか。ずっと前から悩んでいる。今でも悩み続けている。
でもまだだめだ。
打ち明けるのは卒業間際がいい。
僕は遠くの大学を受験する。玉砕後、即離れられるように。
僕もこいつにラブレターを書こうと思う。
ずっとお前のことを性的な目で見ていました。ごめんなさい。性的な興味のためでなく、恋心です。お前とはカップルになりたいと思っています。
今後お前に恋人ができると考えると我慢できないので僕はお前の前から去ります。さようなら。
友達の一人を失って心苦しいでしょうが、この先の人生は長いです。僕のことは忘れてください。
僕の力になれたんじゃないかとか間違っても思わないように。
我ながらチープな文章で、敬語にすることで他人事感を出している。真正面から傷付く勇気もない僕は、やっぱり思いを伝えるべきではないような気がする。
まあいい。まだ一年前後、時間がある。
差し当たってこの手紙は引き出しの奥底にしまっておこう。
万が一、何かの拍子にこいつの目に留まらないように。
何か運命の悪戯が働いて、こいつの目に留まるように、処分はしない。
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