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2.ジャンケン
「では、三回勝負な。三回負けた方が皿洗いをする。オーケー?」
問題の日、孝貴の恋人である古塚南波は、自宅のキッチンにて、大きな目を好戦的にきらきらさせながらこう言った。
南波の提案に孝貴はまただ、と脱力する。皿洗いくらい当番制にするとか、やれそうなほうがさらっとやるとか、合理的に決めればいいのに南波はそうしない。しかもこの日、孝貴は仕事で嫌なことがあり、心が疲れていた。正直さっさと眠りたくてたまらなかった。
が、まあ、勝負が嫌というほどではない。孝貴自身は人と競うことに価値を見いだせないが、勝負好きの彼のこの顔を見ると、やんちゃな猫を見ているようで、反対する気も起きなくなるから不思議だ。
「いいよ。恨みっこなしな」
「もちろん。じゃあ行くよ。ジャーンケーン」
ポン。
にっこりと笑ってジャンケンポーズを取る彼の楽しげな様子に見とれていたせいだろうか。気が付くと、孝貴はすでに三回のうち二回負けていた。
「ふふ。今日は俺の圧勝のようだね」
うれしくて仕方ないのか、南波の声は弾んでいる。たかがジャンケンでここまで喜べるあたり、同い年とはとても思えない。
なんでこんなに可愛いのだろう。ちょっと疲れが取れた気がした。思わずにへら、と笑ってしまうと、南波が不満そうに唇を尖らせた。
「なにその余裕の顔。あと一回で俺の勝ちなんですけど?」
「あ、そうか。そうだな。頑張るよ」
そうだ。恋人はいつだって勝負に真剣な性質だ。ちゃんとしなければ、と顔を引き締めたが、南波はまだ不服そうに眉を寄せている。が、そこでなにを思ったのか、急に顎に手を当てて思案し始めた。
「最後の一回。俺はパーかグーを出す。チョキは、出さない」
「……は? え、なんで?」
これはなんだろうか。心理戦というやつか? そういえば近頃、ジャンケンをテーマにしたアニメをテレビにかじりつくようにして見ていたな、と孝貴は思い出した。
なるほど、これはその影響か、と納得する孝貴の前で、家でだけかけている黒縁眼鏡越しに彼が目を細めた。
「チョキはハサミ。ハサミは縁を断ち切るもの。そんなもので俺は孝貴さんに勝ちたくない」
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