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「以前平山さんから相河さんとこの講義を受けてるって聞いていたんだ。平山さんの声は覚えていたから、講義中に彼女と話している声の主は相河さんなのかな?って」
すごい記憶力と洞察力! やっぱり西野くんはただ者じゃない!
私が言葉を失っていると、西野くんは大きな瞳を向けてくる。もちろんその瞳に私は映っていないはずだ。でも、吸い込まれそうなくらい澄んだ湖のような眼差しだった。
「ここで話すのも何だから場所を移そうか? 学食で良いかな?」
西野くんは白杖に手を伸ばし立ち上がった。私はちょっと迷ったけど思い切って肘を差し出す。
「私につかまって」
すると西野くんは全身で感謝の気持ちを表した。
「ありがとう! 相河さんは優しいね!」
その言葉はびっくりするほど私の胸をつかんだ。いつも力を使って人の好意を手に入れて来た私にとって純粋に感謝されたのはいつ以来だろう?
それから私たちは恋人のように寄り添って学食に向かった。西野くんは背がスラリと高いけど、色白でほっそりしている。何だか庇護欲がそそられて一緒に歩いてるだけで満たされる感覚があった。
学食のソファ席に向かいあって腰を下ろす。西野くんは表情豊かに明るい笑顔を見せる。話題も豊富で、私が関心がある音楽や小説のジャンルにも詳しい。いつしか時を忘れて話をしていた。
「人に好かれる自信実はあまりないんだよね・・・」
私が思わず漏らした一言に、西野くんは見えない瞳で見つめてはっきりとした口調で言う。
「相河さん。人に好かれようなんて考える必要ないよ。自分のことを好きになることの方がずっと大事なんじゃないかな」
ハッとさせられた瞬間、その言葉の響きに魂を根こそぎ持っていかれるのを感じた。気づいたときには熱い底なし沼に沈むような恋に落ちていた。
私は残された最後の一回の力を西野くんに使いたい衝動に駆られて居ても立ってもいられなくなった。
けれども目が見えない彼に力を使うことは不可能だ。
絶望感に駆られながら、彼の目を治す方法がないか私は調べた。
その結果、彼の目を手術して治せるのは世界でただ一人、高名なアメリカ人眼科医ジョーンズ・タスマンしかいないことがわかった。しかもジョーンズ医師は莫大な手術費を請求することでも有名だった。
無理だよ・・・。
私は途方に暮れた。そんなお金どこにもない。
悲嘆に沈みながら西野くんと会うと私の胸の内を知らない彼は無邪気な笑顔でこんなことを言う。
「もし生まれ変わったら、一度で良いからひとみさんの顔を見てみたいな。そうして一緒に笑い合いたい」
その言葉を聞いて私は決意した。単身アメリカに渡り、ジョーンズ医師に会いに行った。病院の廊下で彼を強引に捕まえると、残された最後の特別な力を使う。ジョーンズ医師はたちまち私に夢中になった。英語なんてしゃべれないけど、あとは簡単だった。生成AIアプリの翻訳機能を使って西野くんの手術を無償でする約束を取り付けることに成功した。
世界的に著名なアメリカ人医師が無料で日本の盲目の青年の手術をするーー。
その日の夕方には美談として日米両国でそう報道があった。私はそのニュースを帰りの機内で見ながら、ホッとする。これだけ大ニュースになれば、力の効力が切れてもジョーンズ医師は手術をキャンセルできないはずだ。
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