Jヶ峰奇譚

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『Jヶ峰奇譚』  山頂の展望は想像以上に良かった。  抜けるような青空、秋晴れの陽光が湖面に燦燦と降り注ぎ、反射して輝いている。私はベンチに腰を下ろし、淹れた紅茶を飲みながら風景と時間を楽しんだ。同行したK氏はカメラのファインダーをのぞき込んでいた。 「食事は大丈夫ですか?軽いものならありますけど」 「いえ、僕は大丈夫です。Eさんはゆっくりしていてください」  K氏はそう言ってカメラをのぞき込んでいる。そうは言われても、自分一人だけ食事を取るのは忍びない。栄養補給を早々に済ませ、私もK氏の隣に立って風景を眺めた。 「沢山撮るんですね。サークル誌で使うんですか」  私が尋ねるとK氏はいやいや、とかぶりを振った。ただ、風景が気に入ったから撮っているだけなのだという。 「せっかくなら、さっきの場所の写真も撮ってみてはいかがですか?」  K氏は苦い顔をした。あまり乗り気ではないのだ。山頂からの風光明媚な風景と比較すると、道中通りかかったあの場所は確かに異様だった。 「いやあ、やめておきましょう。何かヘンなものが写ってしまいそうです」 「確かに。人ならざるものの気配がしましたもんね」 「ちょっと、やめてくださいよ」  私たちは少し大袈裟に笑った。  そうでもしないと、本当に気味が悪かったからだ。  山の中腹、長い登り坂を抜けた辺りに、広く開けた空間があった。  そこには、山中の景色に不似合いな数多くの物体が存在していた。  錆びついたコンテナ。打ち捨てられた舟の残骸。そして、夥しい数の石仏。  数体の地蔵などであれば、それほど珍しいものではない。しかしこの場所にある石仏は、その数と種類が尋常ではなかった。  様々な表情をした石仏が等間隔に配置され、その道が数十メートル以上も続く。古ぼけた東屋の軒下には小さめの地蔵が身を寄せ合うように立っており、道の分岐点には巨大な頭像があって、表情には激しい憤怒が刻まれていた。  底知れない気味の悪さがあった。山頂を目指していた私たちは、逃げるように石仏の前を通り過ぎた。  山頂を折り返しとする登山コースは、登りと下りに同じ道を辿るものである。先程足早に抜けたあの場所を、下山の際にはもう一度通過しなければならなかった。眼前に広がるH湖の雄大な風景の美しさと裏腹に、私の心には一抹の不安の影がちらついていた。
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