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2,50数年前 S市の中学校の教室で
「ねえ、昨日の『GSの放課後』聞いた? ピューマズの新曲かかったね」
「うん、聞いた! かっこいいロック調の曲だね。何かギターの繰り返しが『サティスファクション』に似てるけど」
「ギタ-の繰り返しのことを、リフっていうんだよ」
音楽が得意で詳しいのが、弓枝だった。弓枝の母親はピアノの講師をしていて、弓枝もピアノが弾けた。弓枝は大人になって、中学の音楽の教師になったのだった。
「サティスファクション」はGSのバンドがよくコンサートで演奏する曲で、ノリが良くてギターのリフが印象的だった。
GSは、それまでの歌謡曲とは一線を画した洋楽志向のサウンドを売りにしていて、洋楽のカバー曲をシングルとして出してヒットした例も少なくなかった。
ベトナム戦争による反戦運動やヒッピーの台頭などがロック界に押し寄せるまでは、英米のロックバンドは髪も短めでそろいのユニフォームを着て、曲の最後にお辞儀をするという礼儀正しさで、日本のGSもそれに倣っていたが、それでも学校を中心に白眼視される傾向があった。
加奈たちにとっては、GSは日本に和製洋楽ともいうべきもので、GSと洋楽への愛着は、軌を一つにしていた。
「ノックスのメンバー2人が、ステージでストーンズの「テルミー」を演奏する時、失神するんだってね」
「一度だけじゃないんでしょ。そうすると、もうパフォーマンスになってるのかな」
「ノックスもだけど、東京の方ではセデューサーズがピューマズに迫る勢いなんだって」
「セデューサーズの『今日を生きよう』好き!」
「あれって、B面でしょ。カバー曲だよね」
うん。オリジナルもいいよ。たしか、ウミノ楽器店のジュークボックスに入ってた。今度の休みに行ってみよう」
ジュークボックス、EPレコードを自動でかけるマシン。
加奈たちがそれに出会ったのは中学1年の時。楽器店の中に置かれたジュークボックスは、お金を入れて聞きたい曲のボタンを押すと、音楽が流れてくるマシンだった。
その音は楽器店全体に響き渡り、その店に欠かせないシンボルだった。
初めて出会ったものなのに、好きな曲をかけてくれるそのマシンは、加奈たちにすんなり受け入れられた。
そして、彼女たちを虜にした。
まだ子供から抜けきっていない彼女たちにとって、ジュークボックスはゲームセンターにあるクレーンゲームやドライブゲームと同じような感覚だった。
楽器店のジュークボックスには100曲くらいのレコードが入っていて、いずれも洋楽だった。
ステレオが各家庭に普及し始めていたが、100曲も所蔵しているジュークボックスの魔力は特別だった。
ジュークボックスはスナックなどにもあったが、中学1年の彼女たちにとって、ジュークボックスと偶然出会った楽器店が唯一の場所に思えた。
そして、楽器店は彼女たちの行きつけの場所になった。
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