2人が本棚に入れています
本棚に追加
楽器店は文字通りギターなどの楽器を販売していたが、1階の入り口付近にはレコード売り場があり、ジュークボックスもレコード関連ということでその売り場に置かれていた。
表面がスケルトンになっていて中身が見えて、レコードがぎっしり入っている所やアームが選曲されたレコードを選んでターンテーブルに運ぶ様子がわかるジュークボックスもあったが、店のジュークボックスはスケルトンではなかった。
だから彼女たちが中にレコードを収納しているというジュークボックスの仕組みを理解していたかどうか、定かではなかった。
彼女たちにとって仕組みはどうでも良くて、自分たちの好きな曲を選べばその場で聞けるという便利さが魅力だった。
「『今日を生きよう(Let's Live For Today)』、あった!」
歓声を上げて、千夏が選曲ボタンを押した。
エレキギターそのものが歌うような短いイントロが、すぐに3人の心をつかんだ。
畳みかけるようなヴォーカルに続いて、「シャーラララララ」というサビが、心を夢心地にいざなう。
「うーん、やっぱり英語だと本物っていう感じだね」
「歌詞よくわからないけど、それだからミステリアスでいいのかもしれない」
次は、弓枝が「バレリ」を選んだ。
超絶技巧のようなギターの早弾きに心を奪われると、弓枝はジュークボックスの下面のスピーカーに耳を押し付けんばかりにして聞き入った。
スピーカーは大きいので、ギターの音やヴォーカルが体の中を駆け巡って、まさに爽快、快感だった。
次に加奈が選んだ曲は「ネバーマイラブ」だった。
弓枝がギターロック、千夏は歌謡曲からGS、そして洋楽という道筋で傾倒していったという感じの曲が好みなのに対して、加奈はメローなバラードを好んだ。
「ネバーマイラブ」はソフトロック調のきれいな曲だが、加奈が今一番気に入っているのは「ハニー」という曲だった。
弓枝と千夏はその曲を知らなかったが、幸いジュークボックスの中に入っていたので聴いてみた。
「これはもう、全然ロックじゃないね」
「GSがカバーするような曲ではないよね」
2人の感想が微妙だったので、加奈は曲を擁護するように良さを力説した。
「全米で5週間も1位だったんだよ。ラジオで言ってた。詞は、奥さんが病死して淋しく悲しいと歌っているんだけど、最初に『木を見てごらん。こんなに大きく育ったよ。彼女が植えた時はほんの小枝だったのに』っていう歌詞があるの。彼女は懸命に雪から木を守ったりして、その木に愛情を注いだのね。それで、彼女が亡くなっても、彼女の生命の一部は木に受け継がれたっていうの。
すごくジーンとくるじゃない」
そう話す加奈の目は、涙で潤んでいた。
その涙に説得されて、弓枝と千夏にも曲の良さがジワジワと伝わってきた。
次は千夏が「バスストップ」を選んだ。
これはGSぽいポップなナンバーで、千夏は1回聴いてすぐお気に入りになった。
「バスストップって、バス停のことだよね。バス停で雨が降ってきてそこにいた女性に傘をさしかけて、それがきっかけで恋に発展したという歌詞でしょ」
千夏は持っていたノートに、耳から聞いた歌詞をカタカナでたどたどしく書いた。
中学に入って英語を習い始めた少女にとって、英語の学習は洋楽の歌詞の世界を解明したり一緒に歌うのが主な目的で、自ずと熱が入った。
最初のコメントを投稿しよう!