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3人はマスターに挨拶した後、4人掛けのテーブルに着いた。
並んで座った加奈と千夏は、陳列されたレコードの脇に置かれたものに気付いて嘆声を上げた。
それはジュークボックスだった。
簡素なデザインだったが、彼女たちの目にそれはまばゆく輝いて見えた。
「あれ、本物のジュークボックス?」
と千夏が興奮を抑えきれない声で訊いた。
「うん。60年代物。マスターはずっと音楽出版社に勤めていて、数年前に退職してこの店を開いたの。長年の夢だったんですって」
弓枝がマスターに代わって説明した。
3人は一斉に立ち上がって、ジュークボックスに向かった。
大切で大好きだったのに、いつしか生活の中から消えて忘れていたもの。それとともにどんなに多くの時間が忘却の中に封印されていたことだろう。
「かけていいの?」
「どうぞ。無料です!」
3人の様子を遠くから見ていたマスターが声をかけた。
「じゃあ、まずは挨拶代わりにこの曲ね」
曲を貫くあのギターのリフが聞こえてきて、3人の心は跳ね上がった。
「サティスファクション」
洋楽だけでなくGSの曲も入っていて、3人は取りつかれたようにジュークボックスにかじりついて曲を聴いた。
どの曲も、遠い昔中学生の頃に聴いた曲だった。
ドラムやギターやヴォーカル、ピアノが体の中に浸透して、眠っていた記憶を呼び起こす。
よく覚えている曲、半ば忘れかけていた曲、どの曲も、50年という歳月を飛び越えて聞こえてくる。
曲の向こう側には中学生の彼女たちがいて、無邪気に曲を聴いている。その曲が未来の自分たちへ橋渡しをしてくれるとは、思いもよらずに。
ジュークボックスは、今やタイムマシンだった。
3人で一緒に聴いた曲たちが、彼女たちの友情をあぶりだしていく。
ちょっとした喧嘩もしたけれど、それもすべて友情の中に組み込まれている。
3人の胸には、同じ思いが流れ込んできた。
雨に濡れるように、3人同時に涙を流した。
懐かしさに起因する、3人同じ種類の涙だった。
3人は同じような泣き顔のお互いを見て泣き笑いした。
そこへ、自らコーヒーをテーブルに運んできたマスターが割って入った。
「楽しそうで結構ですね。でも、席に戻ってコーヒーを飲みませんか」
3人は声を合わせて、2つ返事で席に着いた。
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