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1,入院
近江加奈(おうみかな)は、病院の個室でベッドに横になり、色々なことを考えた。
3年前に夫を亡くして一人暮らしになってからは、夜寝る時に以前より考え事をすることが多くなった。
娘2人も独立し、1人暮らしになった家を売ってマンションに引っ越そうかとか、終活をかねて断捨離しなくては、古道具屋に査定してもらわなくては等、現実的なことをあれこれ考えた。
しかし病院の個室では、手術で乳房を切除した後の虚脱感も手伝って、現実の面倒な物事には触れることなく、ただ雲のように去来する想いに身を任せた。
去来するのは、過去の思い出だった。
日常から抜け出して旅に出るように、長い間訪ねていなかった遠い昔の思い出が、どこからともなく甦った。
思い出はどれも波頭のようなきらめきを見せて郷愁を誘ったが、中でも多感な中学生の頃の思い出は、涙腺に直結する心の琴線を撫でた。
それは癌の手術と対峙した心のなせる業なのだろうか。
いずれにしても、あの頃の思い出は特別に美しく蘇った。
そしてその思い出の中核をなすのが、親友トリオ、加奈と遠藤弓枝、早坂千夏の3人組だった。
小学校の異なる3人が中学1年の時出会い、意気投合して親友になったのは、3人に共通する趣味、洋楽とGS(グループサウンズ)好きがあったからだった。
当時流行していたGSの中でも一番人気だったピューマズへの熱狂が、3人を結びつけるパテとなった。
学校はGSを不良扱いし、そのコンサートへは保護者同伴でのみ許可された。
3人の住む東北の都市S市でピューマズがコンサートを開催することは滅多になく、加奈の親付き添いで行ったライブでは、興奮の渦に呑み込まれ、心は天に飛んで行った。
3人は学校ではもちろんのこと、休日も集まってGSや洋楽の話をしたり楽器店巡りをしたりして過ごした。
中学2年になると3人は別々のクラスになったが、それでも友情は続いた。
中2の夏休みに千夏が関西に引っ越すことになり、仲良しトリオは解散を余儀なくされた。
それでぷっつり友情が途切れたわけではなく、千夏は弓枝、加奈と文通を続けた。弓枝と加奈は同じ中学のままだったので以前のように仲良くしていたが、高校、大学と進路が異なり、さすがに中学1年の時のような濃密な関係は薄れていった。
連絡する頻度は少なくなったものの、3人の友情は休眠状態にあって、その純粋さが損なわれることはなかった。
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