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彼の話を聞く その2-2
彼の過去〜高校生の頃の記憶 その2〜
僕の悲劇はそこで終わらない。
彼女が自殺し、その母親が死んでしまって、それからさらに1ヶ月後、今度は僕の父が交通事故で死んだ。
自分が運転している車を、中央分離帯にぶつけたんだ。法定速度を30キロもオーバーするスピードを出していたらしい。酒気帯びが検出されなかったから、警察には『運転中の体調不良だったかもしれない』と言われたよ。
……もしかしたら自殺だったのかもしれないけど、事故ということで処理された。高校に進学して半年もたたないうちに、僕はとうとう一人になった。
というかここまでくると、すごくないかい?
正直に言って、父が死んだという連絡を受けた時は思わず笑ってしまいそうになるくらいだった。『また?』って感じだったよ。僕の周りで、あまりにもポロポロと人が死んでいくから。
「……つらくなかった?」
「どうかな。それまでにも色々なことが起こりすぎていて、僕は人を失うことに慣れてしまっていたんだ。それに、はっきりとした理由はないんだけど父もいつか死ぬような気がしていた。僕の母が死んだときに、それを感じていた」
「……それで、あなたは一人になったんだ」
「そう。こうして僕は本当の一人になった。本当の一人になって、少しほっとした」
「……どうして?」
「だって、これで僕の悲劇に巻き込まれそうな人がゼロになったから。周りから誰もいなくなれば、僕の悲劇に巻き込まれることもないだろ。悲劇っていうのは、人間関係があってこそ起こるものなんだ。
ハムレットだって、オフィーリアがいなければ、先代王と音信不通だったら、悲劇は起こさなかった」
悲劇は人間関係が起こすもの……か。
「人間関係を失った僕に怖いものはもうなかった。家族も恋人も何もかもなくなった僕だったけど、僕にとっては何よりも重要で価値のあるものが手元に残ったんだ。
思う存分好きなだけ本を読んで、神様の教義を考えることができる自分の時間が」
「……そう」
「だから火置さん、そんな顔しないで。僕は平気なんだ。僕には神様がいるから、悲しいこともつらいこともただの通過点なんだよ。
僕が考える神様の世界は、死んで本番みたいなところがあるからな。天国が一番幸せな場所なんだから」
「前に、そう言っていたね」
「それに僕の悲劇は逃れようのない運命みたいなものだから、変に抗っても意味がない。
人生はどうにもならないって理解したから、僕は神様を信じることにしたんだから。死の先に待っている楽しいことを想像すれば、僕は幸せに生きていける。……それでいいと思わないか?」
「……そうね、その考えは嫌いじゃない。私も、自分が楽しいと思うことを追求すべきだと思う」
「ありがとう。そう言ってくれると、救われる」
彼の言葉が心にひっかかる。
『人生はどうにもならないって理解したから、僕は神様を信じることにしたんだから』
……彼が神様を信じているのは、彼が悲劇的な人生だったから。
彼が3歳の時に事故に遭っていなければ、もっと普通の男の子として生きていた未来もあったのかな。少なくとも……この刑務所には来なかったんじゃないのかな。運命なんてものがあるとしたら、それは血も涙もない化け物と同じだ。
「……火置さん」
ヤミの緊張した声が私を呼び、私は考え事の中から戻って来る。
ヤミを見る。彼は前方を睨んでいる。私も彼と同じ方向を見る。その先は、今まで私達が来た道とは全く別の空間が広がっていた。
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