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「被害者の小川恵子さんからは睡眠薬が検出されていますね。恐らく殺害する前に無理やり嚥ませたんだと思います」
「なるほど。被疑者は相手を眠らせてから襲ったと。それなら、芦屋浜で見つかった遺体から検出されてもおかしくはないな。監察医の見解はどうなんだ?」
「確か、芦屋浜で見つかった遺体の身元は鈴木千尋さんですね。もちろん、彼女からも睡眠薬が見つかっています」
「浅井刑事、それは本当か?」
「本当です。監察医から確認しました」
「となると、被疑者は薬学に精通している人間だろうか?」
「そうですね。確かに、薬の扱いに慣れている人間である可能性が高いです」
「しかし、目潰しの凶器は一体何なんだ?」
「私も、そこが謎なんですよね。わざわざ目を潰して殺害する理由が分かりません」
「うーん、これは芦屋と六甲アイランドでの聞き込みが必要だな。明日、早速芦屋と東灘で聞き込みを行うぞ!」
「分かりました」
浅井刑事の上司は林部夏彦という捜査一課の警部である。兵庫県警の新米刑事である浅井仁美という人物を育てるために、マンツーマンで指導をしている。
そもそもの話、浅井仁美が刑事に昇進した理由は生田署の警官時代に半グレ集団の凶行を防いだという実績を経て昇進した。生田署での相棒だった組織犯罪対策課の刑事と相棒になれると目を輝かせていた仁美だったが、現実はそんなに甘くない。仁美の配属先は、刑事事件を扱う捜査一課だったのだ。林部警部曰く、「まずは捜査一課で実績を積む事だ」との話だったが、仁美は正直ガッカリしていた。けれども、いつかはその組織犯罪対策課の刑事と正真正銘の相棒になることを、仁美は夢見ていた。
「なにが捜査一課よ。アタシは組織犯罪対策課の善太郎さんと相棒になりたかったのよ」
仁美は、三宮の居酒屋で自棄酒をしていた。ハイボールのグラスが、周りにたくさん置かれている。
「まあまあ仁美ちゃん、今はまだその時じゃないと僕は思うんですよね」
「あんだと」
「仁美ちゃん、お酒は程々に……」
仁美の隣で宥めているのは鶴丸龍巳という先輩刑事である。お互いに生田署出身ということもあって、すぐに打ち解けることができた。当然の話ではあるが、生田署時代は飲み友達でもあった。だからこうやって一緒に居酒屋で酒を飲んでいるのだけれど。
「アルコールが入っている所で申し訳ないんですけど、確かにあの事件は不自然ですよね。被害者の体内から睡眠薬が検出されているところから、恐らく眠らせてから襲ったものと見ているんですけど、なぜ両目を潰すという凶行に及んだのかが分からないんですよ」
「言われてみれば、そうよね。両目を潰すだけなら、別に睡眠薬を嚥まさなくても襲うことは出来ますよね。被疑者は慎重派だったんでしょうか」
「その可能性は考えられますよね。いずれにせよ、被疑者が事前から何かしらの用意をして凶行に及んだのは確かだな。それより、仁美ちゃん、そろそろ烏龍茶に変えたほうが良いんじゃないのかな。明日の仕事に支障が出るぞ」
「そうね。すみませーん、烏龍茶下さい」
結局、仁美はハイボールを3杯飲んだ。正直飲み過ぎじゃないかと、龍巳は思った。
居酒屋を後にした仁美は、終電で兵庫県警の独身寮へと戻った。部屋の中には戦隊ヒーローのフィギュアが置かれており、女子力の低さが伺える。それはともかく、仁美はアルコールを抜くためにコーヒーを淹れることにした。そして、改めて事件の整理を行うことにした。
「うーん、芦屋浜と六甲アイランドはそんなに離れてないわね。今はまだ被害者が少ないけど、犯人がどこに潜んでいるのか分かんないのよね。もしかしたら、次はもっと神戸の街中の方で事件が発生するかもしれない。それだけは避けたいなぁ。まあ、明日聞き込み調査を行うから、そこで何かが分かるかもしれない。そういえば、芦屋に気になる女性がいたな。確か名前は……神無月絢奈だったな。面白い名前だったから、メモは取っていた。でも、どこで彼女と接触しようか……。そうだ、チャットアプリで連絡できないかしら」
仁美は、早速チャットアプリで「神無月絢奈」を検索した。個性的な名前という事もあって、検索結果は1件しかヒットしなかった。そして、仁美は絢奈にメッセージを送ることにした。
【兵庫県警捜査一課の浅井仁美です。私の直感が正しければ、あなたが神無月絢奈さんですよね。今度、芦屋でお会いしたいんですけど、時間はありますでしょうか? 今日はもう遅いですし、返事は明日で良いですよ。それでは 兵庫県警捜査一課 浅井仁美】
「これでよし……と。後は返事が来るかどうかよね。まあ、今日はもう遅いし、このまま寝よう」
仁美は、そのままベッドの中で入って眠ることにした。
※
睡眠薬のお陰もあって、その夜は善く眠れた。あれ? 滅多に通知が入らないはずのチャットアプリに通知が入っているな。一体誰からだろうか。浅井仁美? もしかして、あの刑事さんからかな。僕は、とりあえず受信箱に入っていたメッセージを見ることにした。どうやら、刑事さんは僕に会いたがっているようだ。僕が独自で調べた情報と突き合わせることが出来そうだな。とりあえず、僕は刑事さんに返信メッセージを送った。
【あなたが例の刑事さんですね。確かに、僕は神無月絢奈です。丁度、あなたに話したい事がありました。そうだ、芦屋駅のスタバで会いませんか? そこなら、ゆっくり話も出来ますでしょうし アヤナ】
これでよし。後は、返事を待つだけだ。
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