Phase 02

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Phase 02

 仁美は、芦屋と六甲アイランドで件の連続殺人事件に対する聞き込み調査を行っていた。手始めに六甲アイランドで聞き込み調査を行ったところ、ある証言を聞くことができた。 「あの、刑事さん。あの時間に、若い男女がいたのを覚えています。暗くてよく見えなかったんですけど、何か揉め事を起こしているような気はしていました。何ていうんでしょう……痴情の縺れというモノなんでしょうか」 「なるほど。その可能性は考えられますね。参考になりました。ご協力、ありがとうございました」  それから、仁美は芦屋に向かってスタバで絢奈に会うことにした。 ※  メッセージに対する返事はすぐに来た。矢張り、今の時代はスマホなのだろうか。 【矢っ張り、絢奈さんで合っていたんですね。芦屋のスタバですか。駅前のあそこですね。六甲アイランドでの聞き込み調査が終了したところなので、すぐに向かいます。絢奈さんはそこで待っていてください 兵庫県警捜査一課 浅井仁美】  とりあえず、僕は徒歩でJRの芦屋駅へと向かった。住んでいるアパートから芦屋駅まではバイクで向かう程の距離もない。徒歩で充分だ。  芦屋駅のスタバで期間限定のフラペチーノを頼んで、僕はノートパソコンを開いた。傍から見ると意識高い系のエンジニアっぽいけれども、やっていることは一連の事件に対する整理である。2つの事件に共通して言えることは、被害者は両目を潰された状態で殺害されていて、なおかつ女性が狙われている。僕の見解だと、犯人は恐らく男性だろう。そういう女性を狙った猟奇殺人事件の犯人は異性である事が多い。まあ、鋭利な凶器を使っていたら女性という線も捨てきれないのだけれど。  そうこうしているうちに、浅井刑事がやってきた。改めて見た彼女は、僕のドッペルゲンガーかと思った。なんというか、見た目が僕と似ていたのだ。切り揃えられたショートカットに、華奢な見た目。流石に話し声は僕よりも彼女の方が少し高いが、一見するとあまり区別がつかないかもしれない。 「絢奈さん、久しぶりです。芦屋浜で会った時以来ですね」 「こちらこそ。あの時は事件の捜査を邪魔してすまなかった」 「いえ、そんなことはないですよ。私も、捜査に行き詰まっていましたから」 「なるほど。刑事さんも色々と大変なんだな」 「そうですね。正直、このまま生田署の巡査だった方が暇で良かったかもしれません。でも、矢っ張り刑事に昇進したのは嬉しかったですね」 「そうか。それで、本題に入りたい。例の事件ことだが、何か情報は持っていないのか?」 「そうですね、先程六甲アイランドと芦屋で聞き込みに行ったんですけど、事件が発生した時に怪しい人を見かけたという話はありませんでした。それこそ、絢奈さんは何か情報を持っていないんですか?」 「ああ、ネットで調べた情報なら持っている」 「信憑性はともかく、教えてもらえると嬉しいです」 「第1の事件の被害者である鈴木千尋さんは甲山大学の2回生だ。これは流石に刑事さんも把握していないだろう」 「確かに、そこまで細かい情報は知らなかったですね。どこの誰がリークしたかは分かりませんが、それが本当なら被疑者の絞り込みはかなり行われそうですね」 「しかし、問題は第2の事件だ。大学生が狙われるならまだしも、今回は中学校の教師が殺害されている。流石にネットにも出身校までは書いていない。仮に甲山大学の出身だとしたら、犯人はその大学に対して遺恨を持っている事になる」 「すごい。私もそこまで考えが及びませんでした。絢奈さんって、職業は矢っ張り探偵なんですか?」 「いや、僕はただのフリーランスのWebデザイナーだ」 「それにしては、やけに事件に詳しい気がして……」 「ああ、ある小説の事件にそっくりだったからな。それで興味を持った」 「その小説って、タイトルだけでも教えてくれないでしょうか? 私も結構本を読む方なんで」 「京極夏彦の『絡新婦の理』という小説だ」 「えっ!? 京極夏彦ですか!?」 「どうしたんだ。ファンなのか?」 「ファンもなにも、私は『鵼の碑』を待ち続けている間に刑事になってしまいましたよ」 「僕も似たようなものだ。あまりにも待ちきれないから、大学時代に同人で榎木津礼二郎のスピンオフを書いたぐらいだ」 「ええっ!? それ、読んでみたいです!」 「ダメだ。恥ずかしい」 「えーっ、ケチ。それはともかく、絢奈さんは今回の事件の手口が『絡新婦の理』のそれと似ていると見ているんですね」 「まあ、そんな所だ」 「確か、『絡新婦の理』で被害者の両目を潰した凶器はノミでしたね。でも、そんなモノって簡単に手に入るんですかね?」 「残念だが、アマゾンで簡単に手に入る」 「そうですよね……。ネット通販で手に入るからこそ、犯罪に悪用されてしまうんですよね」 「そうだな。硫酸もそうだが、こういう悪用される恐れがあるモノは規制すべきだと僕は思っている」 「確かに、そういう法規制は無いですもんね……。絢奈さんの言う通りだと思います」 「まあ、事件が発生してからこんな事を言うのも何だか変な話だが、そういうのを防ぐのも刑事さんの仕事なんじゃないかと僕は思っている」 「その辺は生活安全課の仕事ですね。まあ、一応私たち捜査一課と連携はしているんですけど。他に何か情報はありませんでしょうか?」 「特に無いな」 「そうですか。でも、絢奈さんと話すことで事件に対する収穫は得られたような気がします。今日はありがとうございました!」 「いえ、こちらこそ。また何かあったらすぐに連絡してくれ」 「そうですね。チャットアプリの方に友達申請は送っているはずなので、またチェックしておいて下さい。それでは」  こうして、僕は浅井刑事との話を終えた。それにしても、浅井刑事も京極夏彦のファンなのか。また色々と話がしたいところだ。しかし、今はそんな事よりも事件の解決が先だ。果たして、僕の証言は役に立ってくれるんだろうか? 正直、それが心配だった。そして、僕はチャットアプリに入っていた浅井刑事の友達申請に対して「申請する」をタップした。 ※  捜査本部に戻った仁美は、林部警部と話をしていた。 「林部警部、ただいま戻りました」 「浅井刑事か。例の女性からの証言は聞けたのか?」 「もちろんです。色々と聞きましたよ。まだ仮説に過ぎないんですけど、2つの事件に対してある『共通点』を打ち立てる事ができました」 「共通点か。それは興味深いな。是非とも教えてくれないか?」 「分かっています。まず、1人目の被害者である鈴木千尋さんは甲山大学の2回生でした。ここだけ見るとよくある女性を狙った殺人事件なんですけど、2人目の被害者である小川恵子さんは中学校の教師です。そして、先程話を聞いていた女性によると『小川恵子さんはもしかしたら甲山大学のOGかもしれない』ということでした。これが本当ならば、被疑者は甲山大学に対して恨みを持っている人間だと思います」 「なるほど、それは興味深い。私も、その女性に一度会ってみたいものだ」 「そうですね。林部警部も会ってみたらどうですか? 見た目に反して、意外と面白い人ですよ?」 「そうだな。捜査に行き詰まったら、会ってみることにするよ」  少し照れながら、仁美はガッツポーズをしていた。一般人の証言の受け売りとはいえ、初めて自分が捜査の役に立ったと感じたからだ。それから、仁美は改めて事件の整理をすることにした。  第1の事件は芦屋浜で発生して、被害に遭ったのは鈴木千尋という女性だった。彼女は甲山大学の2回生である。  第2の事件は六甲アイランドで発生して、被害に遭ったのは小川恵子という女性だった。中学校教師であり、絢奈の見解が正しければ恐らく甲山大学のOGだろう。  2つの事件をまとめると、被疑者は恐らく甲山大学に対して恨みを持つ人間との話だったが、仁美は正直自信が無かった。そもそもの話、なぜ被疑者は相手の両目を潰して殺害する必要があったのだろうか。仁美にはそれが分からなかった。しかし、仁美の中で「何か」が弾けようとしていたのは明らかな話である。 「これ以上、遺体を増やすわけにはいかない」仁美はそう思いながら、缶コーヒーを飲み干した。
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