Phase 02

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 コミュ障の僕にとって、人と会うことはかなりの体力を要する。つまり、今はヘトヘトだ。それでも自炊をしなければいけないので、お米を洗いつつ野菜と肉を切って圧力鍋の電源を入れた。つまり、今日の夕飯はカレーだ。なんとなく、疲れた時のカレーというのは躰に染みる。春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうが、結局のところ自分の好きなものを食べると、人間はすぐに体力が回復するのだ。  カレーを食べながら、僕はスマホの通知を見た。チャットアプリに入っているのは大体がしょうもない広告なのだが、偶に母親や姉からのメッセージが入ってくる事がある。そして今、母親からのメッセージが入ってきたのだ。 【絢奈、殺人鬼には気をつけなさいよ ユキエ】  神無月幸恵というのは僕の母親である。昔は地元の大手デザイン事務所で働いていたが、無理が祟って数年前に退職。それからは鬱病で塞ぎ込みつつも、小さなデザイン事務所でリモートワークの嘱託社員として働いている。僕みたいにメンタルが弱いだけならまだしも、母親は生まれつき体が弱いと聞いていたので僕よりも大変な境遇に遭っているのだろうと思っていた。今から考えると、2人の娘を育てるために相当な無茶をしていたのだろう。もうすぐ還暦だし、なんとなく労ってあげたい気がする。まあ、ゴールデンウィークに実家に帰るし、その時にでも労ってあげるか。  それにしても、母親に言われた「殺人鬼」とは、矢張り一連の事件の事だろうか。殺人鬼というより、目潰し魔なんじゃないかと僕は思ったけれども、やっていることは殺人犯と変わらない。放っておいたら拙いことになる。しかし、僕は一般人だ。事件を解決する権限はあっても、その事件の犯人を逮捕する権限はない。そういうのは、飽くまでも刑事さんの仕事だ。  疲れているのに眠れないので、僕は読みかけの『絡新婦の理』を最後まで読むことにした。とても分厚い小説だが、今のページは600ページ程まで読み終わっただろうか。これでもまだ200ページ残っているのでいかに京極夏彦の小説が分厚いのかが善く分かる。ちなみに読んでいるのはノベルス版だ。  ネタバレになってしまうので詳細は伏せるが、なぜ目潰し魔が特定の女性ばかりを狙っていたのかというと、目潰し魔が患っていた精神の病気と関係している。これが本当ならば、とんだ変態野郎だと僕は思っていた。それはともかく、今回の事件は矢張り『絡新婦の理』をトレースしているのだろうか。それとも、犯人には別の目的があるのだろうか。そういえば、「目的」という漢字には、「目」が入っているな。「目」を「的」として狙う殺人鬼。目潰し魔の目的とは一体何なのだ? 僕は頭が混乱して小説どころではなくなってしまった。 そんなこんなで『絡新婦の理』を読破した頃には、朝になっていた。また、眠ることが出来なかった。僕が不眠症なのは精神的なモノで仕方がない話だけれど、睡眠は生理的に必要なモノで、とても大事である。今から寝たとしても、恐らく起きる頃には夕方だろう。それは1日を無駄にするのとほぼ同義語である。これから僕はどうすべきだろうか。とりあえず、シャワーを浴びるべきか。それとも、事件の整理を行うべきだろうか。そんな事を考えている時だった。スマホの通知が鳴った。また、目潰し死体が出たのだろうか。そんな事を思いながらスマホのロックを解除した。しかし、ニュース速報はとあるアイドルと俳優が結婚するというしょうもないモノだった。 【人気アイドルグループ『ももいろタイガース』のメンバー・神楽坂ゆめと俳優の浜田純平が入籍発表】  ももいろタイガースはともかく、浜田純平は結構好きな俳優の1人である。確か、先日も戦争映画で日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞していたような気がする。なんというか、デビューしたての頃の高校生役から日本アカデミー賞受賞のきっかけとなった旧日本軍の兵士役までオールラウンドにこなすところがすごいと思っていた。そういえば、確か彼も何かのミステリ映画に出ていたような気がする。同時に封切られた大作が多数重なった事もあって興行収入は振るわなかったが、実際に映画館で見た限り、原作の事を考えると悪くはないと思っていた。その映画で彼は探偵役を演じていた。  映画のあらすじはこうだ。舞台は第二次世界大戦直後。帝都を震撼させる殺人鬼が暗躍する世界で、浜田純平演じる探偵が犯人を追い詰めていくという話だっただろうか。そういえば、その映画の被害者も両目を潰されていたか。確か原作のタイトルは……忘れたな。京極夏彦の小説ではなかったことは覚えているが、溝淡社の新人賞を獲った作品だったのは確かだ。ノベルスで読んだのを覚えている。終戦直後を舞台にしているところから、その作家が京極夏彦をリスペクトしていたのは言うまでもないだろう。流石に妖怪は出て来ないが。そもそも、この舞台設定で妖怪が出てきたら京極夏彦のパクリじゃないか。パクリとオマージュは違うし、パクリとリスペクトも違う。僕が大学時代に榎木津礼二郎の同人誌を書いていたのはオマージュであり、リスペクトでもあるのだ。しかし、正直言って溝淡社に売り込めるレベルではない。僕の書いた同人誌は、飽くまでも二次創作の域を出ないのだ。  そういえば、浜田純平の結婚相手であるももいろタイガースは関西を拠点としたアイドルグループだったな。最近のアイドルには疎いが、阪急三宮駅の北側にあるサンキタ通りの街頭ビジョンでよくミュージックビデオが流れている。なんとなく東京進出して頑張ってほしいと思いつつも、このまま関西ローカルでいてほしいという複雑な思いも抱えている。まあ、僕には関係のない話だけれど。 浜田純平と神楽坂ゆめの馴れ初めが気になった僕は、色々な芸能ニュースサイトを見ることにした。馴れ初めはどうも国営放送の朝ドラらしい。そういえば、つい先日共演していたな。確か、2人共ヒロインの友人役だったか。ちなみにヒロインは高橋未来という女優だ。この朝ドラがきっかけでメディア露出が一気に増えたのを覚えている。ドラマ自体は所謂「反省会タグ」が作られる出来だったのを覚えているが、確かに脚本が支離滅裂だったような気がする。最初は女性初の航空パイロットを目指していたが、徐々に変な方向にシフトしていって最終的には飛行自動車の開発に落ち着いていた事を覚えている。いつ頃からか、朝ドラに対する意見が厳しくなったような気がする。それだけ、朝ドラのクオリティが低下しているのだろうか。言われてみれば、今年の大河ドラマにも「反省会タグ」がある。徳川家康を題材にしておきながら演出が不快なので反省会タグが作られても仕方がないのは確かだが、正直反省会タグに関してはどうかと思っている。番組に文句を言うぐらいなら、その番組を見るのを辞めてしまえばいいのに。僕なんか、映画とスポーツ中継以外は殆どテレビの電源を点けていない。それだけ今のテレビというのはつまらないのだ。テレビを見るぐらいなら、FM802を聴いていたほうがまだマシだ。  そんな事を考えつつも、ももいろタイガースの誰かが一連の事件の犯人だとしたらと考えたが、そんな事はあり得ないだろう。仮にももいろタイガースの誰かが犯人だとしたら、それはとんでもないスキャンダルだ。ましてや、俳優とメンバーの入籍発表が行われたばかりだ。あまりにもタイムリーすぎる。しかし、その可能性も考えておく必要があるな。僕はそう思いながらマーマレードを塗った食パンを口にした。朝は基本的に食パンしか食べない。別にダイエットをしている訳じゃないのだけれど、なぜか朝は食欲がそんなに湧かない。食パン1枚だけでお腹いっぱいになってしまうのだ。  食パンを食べ終わると、漸く眠くなってきた。とりあえずタイマーを正午に設定して、少し眠ることにした。  こんな生活リズムで、僕は良いのだろうか……?
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