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これが今注目の王子様か、と見とれてしまう。固まる俺に涼路は「行こうか」と一言囁くと、流れる動作で俺を伴って歩き出した。つられて歩き出す俺も俺だが、なんでこんな滑らかなんだ、動きが。 無言で歩いて教室を離れ、ひとつ角を曲がると急に人気がなくなった。どうやら窓際でもなく、教室と教室の間の路地みたいになっているらしい。複雑なんだよ、校内が。迷路かよ。 「で、誰に呼ばれてるって?」 涼路が首をかしげて俺を見下ろす。俺はマスクをしっかり装着していることを確認して、顔をあげた。 「悪かった。先生に呼ばれてるとかって嘘なんだ」 涼路は目を細めたまま、唇をふっと柔らかく歪めた。何も言わないのは俺に話を続けろということだろうか。仕方なく口を開く。 「その、体調、悪くないか? 気のせいだったらいいんだけど……いや、迷惑だろうけど。具合悪いなら保健室とか行った方がいいかなと、思って」 長い前髪の裏で、視線があっちにいったりこっちにいったりする。これ、俺の勘違いだったら滅茶苦茶恥ずかしいし、とんでもなく申し訳ない。大好きな? ハーレムタイムを俺の嘘によってぶち壊してしまったのだから。 俺的には言いたいことは言ったつもりだが、涼路はまだ何も言わない。あの涼しげな眼差しで俺は見下ろされているのかと思うと、そわそわしてしまう。ほんと、物語に出てくる王子様みたいなんだよ、雰囲気とか立ち姿とか、その眼差しが。 何か言ってくれよと、俺はそっと目線を上げる。数センチの差とはいえ、上目遣いに見上げる形になった。 「勘違い、だったか……? ごめんな?」 涼路は怒っている様子もなく、ただ俺を見下ろすのでもなく、少しだけ驚いたように切れ長の目を開き、瞬きした。それから少しだけ血色の悪い頬をうっすら赤くして、微笑んだ。 「いや、勘違いではないよ」 静かな声で言う。ふっと涼路が片手を持ち上げたのが見えたが、あまりに自然な動きで俺は身動きとれなかった。涼路の細く長い指は、俺の顔を隠す前髪をそっと耳に払った。片目が露になる。 「っ!?」 なにすんだよ、と俺は一歩下がった。ばんっ、と壁に背中がついて、逃げ場がない。急なことで心臓がばくばくと大きく鳴り出した。冷や汗が吹き出る。別に笑った訳じゃないから大丈夫だろうけど、そういう触り方は、顔を見るための触り方は……こわい。襲われる、から。 「……ごめん、嫌なことをしてしまったかな?」 涼路は形のいい眉を不安げに曲げる。視線が本気で謝罪を訴えてくる。こんなところもスマートで、紳士的だ。なんだこの王子。 マスクの下で唇をギザギザにしていると、涼路は一歩俺から離れ、壁に背を着けた。俺と涼路との間に、人一人が余裕で通れるくらいの間が空く。 「昨日から少し……体調を崩していたんだ」 そう言うわりには、立ち姿はしゃっきりしていて、背中を壁に預けているのに格好よく、様になる。もしくは、体調が悪くてもそういう弱味みたいなものを示せないのかもしれない。 「気付いてくれてありがとう。あの場じゃ、席を立つことも出来なかったから」 女子に囲まれ、騒がれているあの場所じゃあ「ちょっとトイレ」なんて抜け出すのも気が引けるよな。でなけりゃ王子様が「トイレ行ってくるー」なんて軽く言えないのかもな。不便だな。 「勘違いじゃなくてよかったよ。保健室行くか?」 場所知らないけど。登校初日だし、自分の教室にすら迷いながらたどり着く俺だ。保健室がどこにあるのかなんて分かるはずもない。 「いいよ、薬はあるんだ。飲み物があれば」 「あぁ、自販機さっき通りすぎたな。水買ってくるから、待ってろ」 路地を出ようとすると、涼路は「えっ」と発し、俺の手を掴んだ。振り返ると申し訳なさそうな顔で、俺を見ている。 「具合悪いんだろ。すぐ戻るから、待ってろって」 俺はそう言ってひらりと手を振り、自販機で水を買って戻ってきた。この距離なら迷わないぞ。
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