風、薫る

6/13
前へ
/13ページ
次へ
「あ……、あの」  放課後、美術室で輪になって喋っている男女仲良し5人組の同級生に声をかけるのはかなりの勇気がいった。  まず席を立って近づくのを決意するまでに胃がきゅっと縮み上がり、近づくにつれて吐き気が込み上げ、声を出そうとすれば喉が締って裏返った。  日頃話しかけてこない人間に急に話しかけられ、同級生達は静まりかえる。  あぁ、もうおうちに帰りたい。 「あの、みなさんのクラスに“橘”って名字の人、いますか……」  いえた。  言えたぞと、腹の前で手を組み合わせぎゅっと握る。  同級生達が顔を見合わせる。 「いないよー、ちなみにうち3組ね」 「うちらのクラスも、ね?」 「うん、いないね。男女どっちも4組には」 「5組もいねぇよ」 「6組もいない」 「そ……、そうなんだ、ありがとう」 「なにー? 人捜し?」  最初に答えてくれた、ポニーテールをした目のぱっちりした女の子に尋ねられる。 「う、うん……。私の7組にもいないんだけど、同学年にいるかな? 橘さん」  彼女たちは顔を見合わせ、首を横に振る。 「ごめん……。1組と2組って進学クラスじゃん? 中学からエスカレーター式に来てる子多いし、知り合いいないんだよね」  みんなうんうん、と頷く。 「そっか、そうだよね。ありがとう」  頭を下げて、そそくさと自分のキャンバスの前に戻った。  彼女に言われて気づいたが、そういえば1組と2組は進学クラスなのだった。  両クラスは特別枠で、どことなく壁があった。 (どうしよう。橘さん進学クラスなのかな)  そんな頭の良い生徒が、あんな稚拙で未完成な同人誌を。  どうして……。  見つからなければ見つからないほど、“橘さん”への興味は深まっていった。  どうにかして見つけ出す方法はないものか。  絵などそっちのけで考えを巡らせる。  もう20分近く絵の具を混ぜ続けていることに、私は気がついていない。  延びきった絵の具が筆に染み込み、固まりはじめたそのとき、ある策を思いついた。  ばっ!と席を立つ。 (そうだ!お姉ちゃんに聞けばいいんだ!)  そうだ!そうすればいいんだ!  どうしてもっと早く思いつかなかったんだろう。  お姉ちゃんならきっと橘さんのこと何か知っているはず。 (もう!はじめからそうしていれば、こんな煩わしいことしなくて済んだのに)  私は筆を水につけ、エプロンをつけたまま美術室を飛び出した。        *     *     *
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加