風、薫る

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「え、りょーちゃんってこの学校なの?」 「うん、つい最近越してきたみたい。ただほら、昔から身体の弱い子だったじゃない? だから保健室通いが続いていてね。まだ教室には行けていないと思う。今日から検査入院みたいで……。背が伸びて顔つきも変わっていたから全然分からなかった」  身体の弱い子。  そういえばりょーちゃんは、小学校2年生の3学期、ほとんど学校に来なかった。  心臓の病気で入院していたのだ。  私は学校が終わると毎日りょーちゃんのいる病院へ走り、面会時間が終わるまで側にいた。  学校の宿題を渡して一緒にやったり、授業の内容を教えたり、絵を描いたり。  他の子達の前では絵なんて絶対画かなかったけれど、りょーちゃんだけは別だった。  あの頃、私はりょーちゃんはすぐに良くなって学校に戻ってくると思っていた。  でもある日、いつものように病室を訪れるとりょーちゃんの姿はなくて、代わりに荷物の整理をしていたりょーちゃんのお母さんが、『亮介は体調を崩して別の部屋に移った』と言った。  しばらく戻って来られないし、面会も出来ないだろうと。 『もう、会えないの?』 『そんなことないよ。手術が終わって元気になったらまた遊んであげて』  私は頷く。 『どれくらいかかる?』 『うーん、一ヶ月くらいはかかるかな』  分かったと、仕方なく病室を後にして、私は学校でも家でもひとりぼっちの時間を持て余した。  “早くりょーちゃんが元気になりますように”と、学校帰りに小さな社で手を合わせるのが習慣になった。  しかし何の前触れもなく別れは訪れた。    りょーちゃんが病室を移って1週間くらいのこと。  家に帰るとお母さんが夜ご飯の支度をしていて、こちらを見もせずに言った。 『あや知ってる? りょーちゃん引っ越したんだって。もっと大きい病院じゃないと手術ができないらしくて』 『え、』  何それ。  聞いてない。 『お母さんも人から聞いたんだけど、あんまり心臓の状態が良くないみたいで……』  唐揚げの揚がる音が耳に響く。 『っあや!? どこ行くの?』 ランドセルを放り投げ、もつれる足を靴に突っ込む。 『こら!待ちなさい!』  お母さんが止めるのも聞かず、私は家を飛び出した。
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