2019年

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2019年

 信号が変わるたびに勢いよく散らばっていく人の波。航空写真にこの光景を収めたら、きっと床にコーラをぶちまけたように見えるだろう。実に醜悪で、それを眺めている自分もこの景色の一部なのだと自嘲ぎみに笑い、同時に諦めにも似たため息が出た。人ゴミとはよく言ったものだ。  包丁が入ったボディーバッグを握りしめる。はたして目の前の人混みは、こんなちゃちな刃物で掃除できる代物なのだろうか。  良い事よりも悪い事ばかりが配信されるテレビやネットの動画は見ない。国民が知りたがっていると嘯いて被害者をも食い潰すマスメディアには反吐が出る。  作り物と割り切れる映画は好きだ。良いも悪いも感情が動かないから。見渡せば転がっている現実を見もしない奴らが、実話と謳われる作品をこぞって見て泣いているのは滑稽でしかない。  毎日同じことの繰り返しで自分の中に毒が溜まっていく感覚。ストレスなんて都合のいい名前のものじゃない。これは紛れもなく毒だ。中身がドロドロになった自分と言う器を引きずって、ボディーバッグに包丁を押し込み、週末には半ば衝動的にこのスクランブル交差点に立っている。自分は誰も知らないし、誰も自分を知らない。だから形だけの関係を演じる必要もないし、面白くもないのに笑う必要もない。独りを実感できる解放感。毒が孤独に浄化されてゆく。森林や滝つぼでマイナスイオンなんか浴びるより、ここにいる方がよほど癒される。  こうして休日に自分を清めて帰路につく。そしてまた日常に飲み込まれ、毒を溜め込む。
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