この世界の片隅に

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「へ? 粉って。これですか」  姉崎は、もう片方のポケットからパウダーファンデーションを取り出した。 「二種類も持ってるのか」 「そっちは買ったばかり。これは鏡が付いてるから、そのまま持っていただけです」  パウダーファンデーションを受け取った松田は成分表を確認して、机の上に両手を使い丁寧に粉を落としを始めた。 「ちょっとそれ意外と高いんですから!」 「手錠一回かければ幾らでも買える。安心しろ」  歩合制ではないが、手柄と呼ばれるものは手錠をかけた刑事のもので、それに対して心ばかりの対価が支払われる。 「安心の意味が分かりませんよ! 指紋取るなら小麦粉かなんかでいいじゃないですか」 「お前、鑑識に怒られるぞ。鑑識が使ってるのはただのアルミパウダーじゃなくて。シリカ、タルク、あとーカオリンとか。絶妙に調合したもんなんだぞ。それを小麦粉扱いって」 「鑑識呼びもしない松田さんに言われたくありませんよ!」  またお前って呼んでるしと思いながら、姉崎は一歩下がって松田が作業している背中を見つめた。そして視線を落とし腰の辺りに目がとまった。 「俺のケツに興味でも?」 「いつも携帯してますよね。無許可で自前の拳銃」  言葉とは裏腹に真面目な声の松田に、姉崎も真剣な言葉で返した。 「安心しろ。犯人に向ける為じゃない」 「安心の意味が分かりませんよ」  重苦しい空気に耐えられなかった方が負け。そんなゲームをしているような沈黙が訪れた。すると松田が背を伸ばしてスマホで写真を撮り始めた。 「それも私物じゃないですか!」  刑事に支給される携帯電話は折り畳み式、いわゆるガラケーと言われる物だ。つまり松田は私物のスマホで私的に指紋の写真を撮っている。 「仲野には内緒だぞ」  一課長の名前を出した松田の顔は、姉崎にはいたずらっ子のように見えた。 「知りませんよ、もー。指紋を残すなんて素人ですかね?」 「それか隠す気がないか。だな」
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