この世界の片隅に

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「あんなに現場荒らして大丈夫なんですか?」  姉崎は秋山のアパートを遠目に見ながら、運転席の松田の横顔を見た。 「机だけ拭いとけば十分。どうせ組対(そたい)は、やくざ絡みと決めつけて大して調べやしないさ。ガサ入れの口実ができて喜んでるだろ」  確かに検視官も来なければ、鑑識も早々に引き上げている。あとは遺体の搬送を待つばかりのようだ。 「あっちは終わりだな。今日は戻るか。のんびり報告書でも書いとけ。明日からホシ追うぞ」  車を出しながらの口振りは、合同捜索が終わって嬉しいのか、殺人事件が起きて嬉しいのか、どちらにしろ喜びが滲み出ている。  運転する松田の隣で姉崎は考えていた。松田は組織捜査を嫌う。ずっとそうなのか、それとも変わってしまったのか、情報を共有せずに自分で見聞きした事だけで考え行動する。そこに惹かれないと言えば嘘になる。しかし無駄に思える基本捜査で可能性を削りながら真実を掘り起こすのが刑事の仕事だ。  一ヶ月隣にいた。たった一ヶ月なら分からない事も多いだろう。でも一ヶ月も経っているのに分からないままの事が多い。過去の事も。今現在も。  姉崎(あねざき)乙音(おとね)は今年の一月に警視庁刑事部捜査第一課に配属になった。中学生で警察官を夢見て、高校生で警察学校を目指し無事入校した。学校と言っても、れっきとした警察組織内の共用施設で、職員として給与が支給される。全寮制で(いそ)しむ中、私服警官を目指すようになり、努力が実り刑事部への配属が決まった。そこでバディを組むように言われたのが松田(まつだ)友樹(ともき)だった。五年前に復讐殺人でメディアと世間から袋叩きにあった刑事だと風の噂に聞いた。当時のニュースを検索したら当人に間違いないようだが、なぜ謹慎という形で守られたのか詳細は警視庁内のブラックボックスのようだった。まさか復帰した刑事と新人を組ませるとは。今でこそ会話になっているが、努力で掴んだ刑事としてのスタートは悪夢に思えた。  姉崎にとって初の捜査が、この組織犯罪対策部との合同捜査だった。通称組対は主に暴力団を取り締まっていた捜査第四課に代わり設置された部署で、今回の事件は若い詐欺グループが派手にやりすぎて暴力団の怒りをかった上の抗争だった。そして松田の個人プレイに振り回されながらも辿り着いたのが、詐欺グループのメンバー秋山だった。
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