2019年

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 休日目覚めると、生命力に溢れた蝉の声がいつにも増して夏らしさを感じさせる朝だった。平和な子供たちの遊ぶ声を心地よいBGMとして楽しんだ後、上半身を起こして鏡に映った男の顔を何となく見る。まぶたがだらしなくたれ落ちた腐った魚のような目。口角の下がった何ともつまらなそうな表情。自身の顔ながら不愉快極まりない。  熱いシャワーを浴びて頭を覚醒させる。朝食はバターを多めに塗ったトースト。米を研ぎ、炊飯器のタイマーをセットする。ニュースを確認し、猛暑日の予報に日焼け止めを多めに塗って家を出た。今日こそはとボディーバッグの感触を確かめながらスクランブル交差点へと向かう。  巨大モニターの音。信号機の電子音。車のクラクションやエンジン音。笑い声に話し声。不規則な靴音。街の雑多な音にかき消されたのか、それとも居場所がないからなのか、蝉の声は聞こえなくなっていた。  アスファルトの照り返しに負けないほど、すべてのものが熱を発している。むせ返るほどの熱気に揺らめく景色は、見えているもの聞こえているものが幻で、自分は独りなんじゃないかと思わせた。気持ちが軽くなる。  額を流れ落ちた汗が現実に引き戻す。信号が変わり人の流れに合わせて歩き出す。ボディーバッグのファスナーに指をかけることもなく今日という日も終わってゆくのか。  ドン!
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