2019年

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 誰かが背中にぶつかった。白い影が肩を掠めるように追い越してゆくのを見た。次の瞬間、足に力が入らず道に両膝をついてしまった。もしかしたら熱中症かもしれない。  前方に同じように道路に両膝をついてうずくまる人が見えた。その背中がみるみる真っ赤に染まってゆく。その先で悲鳴や怒号が聞こえ、目を向けると白いワイシャツの男が何かを振り回している。手元に握られているのはナイフだろうか。数人が男の足下に倒れ伏している。  体のバランスが取れなくなり両手をついた。アスファルトに触れた掌がジュッと焼けた気がした。重い頭を持ち上げて、男を見た。腐った魚の目に口角の下がった無表情。それは今朝、鏡に映っていた自分の顔と同じだった。 ――あれは僕だ。  彼もずっとここへ通っていたのだろうか。そして踏み越えてしまったのだ。彼が少し羨ましく思えた。そして、これで彼の気分は晴れたのだろうかと、そればかりを考えた。  視界がひっくり返り、まぶしい空が見えた。どうやら仰向けに倒れたらしい。 ――こんな街にもこんなに広い空があるんだな。  抜けるような青い空を眺めていると、人影が視界を覆った。どうやら数人の人間に覗き込まれているようだ。携帯電話のシャッター音がやけに鮮明に耳に響いた。 ――おいおい、よしてくれよ。せっかくの空を遮らないでくれ。  嫌だ嫌だ面倒臭いと思いながらも、いつものように笑顔を作っていた。
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