この世界の片隅に

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この世界の片隅に

『本日未明…杉並区の住宅街で起きた火災は……』 “ザー、ザー” 『身元不明の遺体は……の主婦とみられ……』 “ザザー、ザザー” 「秋山(あきやま)さん? 秋山さん!」 「応援呼んだ方がいいですって! また勝手なマネしたら」  路上の隅で硬くなった雪が煌めく二月十八日の正午。池袋六又(むつまた)交差点に近い線路沿にある平屋アパート。人気のない部屋ばかりの中、唯一テレビの音が漏れ出ている三号室の前で揉めている男女がいた。  無造作な髪に軽い無精髭。それとは不似合いにスーツを着こなしている三十代の男性が、古びたブザーを鳴らし必死に住人に呼び掛けていた。それをショートヘアでスーツに着られているような初々しさのある二十代の女が小声で制していた。 “ガチャガチャ”  手荒に男がドアノブを回すが扉が開く様子はない。 「お前ここで待ってろ。絶対応援なんか呼ぶなよ」  相手が寄り目になるほどの距離で指をさした男は、女の返事も聞かずに建物の裏手に走っていった。 「もう!」  女は右足で地面を蹴ると、仕方なく対処できるよう扉に意識を集中した。 『新宿駅での……ホーム転落事故による……現在は通常通りに……』 “ガシャン”  女は物音に緊張した。扉に向かって身構えるが、人が出てくる気配に体が硬直する。 「なんで一人にするかなぁ……」  ガチャリと扉が開いた。なんとか踏みとどまり、ゆっくりと開く扉を後退りせず睨み付けていると、裏手に回った男が顔を出した。 「泣くなよ」 「泣いてませんよ! て、なに勝手に入ってるんですか!」 「女性の悲鳴が聞こえたから慌ててガラス割って入ったらテレビの音でさ」 「……どんだけ嘘が下手なんですか」  女は諦めて、ため息まじりに首を振った。
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