この世界の片隅に

3/6
前へ
/11ページ
次へ
「泣くなよ」 「泣いてませんよ!」  女は現場を荒らさないよう部屋には踏み込まず、両手を合わせると秋山の遺体と室内を見回した。部屋の隅には布団とちゃぶ台、衣類の収納ケースが二つ。物はあるが、やはり生活感がないというか違和感を感じた。散乱したガラスは松田の仕業だ。明らかに持ち込まれたパイプ椅子には、天を仰ぐように背もたれにのけ反り、両手をダラリとたらした秋山が座っていた。 「みせしめですかね?」  女が聞くと押入れの下段を覗き込んでいた松田が、立ち上がりながら両手を広げて部屋を示した。 「奴等がこんな綺麗な仕事するかよ」 「綺麗って」  女が眉間に皺を寄せると、松田は確認するように続けた。 「なあ。ヤクザが血を流さずに人を殺せるか?」 「ですけど。ヤクザも多様性の時代ですからね。あ、そうか。綺麗なんだ。綺麗なんですよ松田さん!」  何かを閃いたらしく、女は興奮ぎみに言った。 「だから最初から言ってるだろ」 「殺し(やり)方じゃなくて! 争った後どころかゴミもないんです。掃除したみたいに」 「手首に拘束の後があるが外傷はなし。ん? 注射痕?」  松田はパイプ椅子の前の方にかがみながら、キョロキョロと畳を見ている。どうやら女の言葉に興味がないらしい。 「畳に三ヶ所くぼみがある。何か置いてたみたいだな」  言いながら女の横を抜けてキッチンの丸椅子に腰をおろすと、テーブルの上で何かを計るかのように両手を広げた。 「どう思う?」  試すように松田は女に意見を求めた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加