この世界の片隅に

4/6
前へ
/11ページ
次へ
   女は松田の後ろに立つと、テーブルの上を眺めてみた。カップラーメンや缶詰に果物、醤油などの調味料が置かれているが、放置されているほどの埃はかぶっていない。 「食事はとってるみたいですね」 「物が向こうに寄っている気がしないか? 手前にスペースを空けるために」 「あー確かに。何か置くため?」 「それに、どうしてこの椅子を使わず、わざわざ持ち込んで来た」 「背もたれがないから?」 「犯人はここに座ったんじゃないか?」  疑問形で話しているが松田の中では結論が出ていると悟った女は、腕組みをしてギブアップした。 「どういうことです?」 「ここに座って何かを使っていた。畳の跡が三脚なら……犯人はここにパソコンを置いて、秋山を撮影していたんじゃないか」 「え。まさか配信とかしてないですよね……」  最近は動画配信で事件が発覚する事も多い。ありがたいことに馬鹿が多いのだ。 「お前、ファンデーション持ってるか?」 「え?」  松田は体制を低くして、机の表面を舐めるように見ている。 「もしかして松田さん。私の名前覚えてないんですか? 一ヶ月経つのに?」  どうせ伝わらないと思いながら、女性は信じられないという感情を込めた。 「勤務中でも化粧直しくらいするんだろ? 姉崎(あねざき)」  名前を呼ばれたからか、見上げられたからか、不意にドキリとしてしまった姉崎は、慌てて上着のポケットからリキッドファンデーションを取り出して渡した。受け取った松田は、しばらく沈黙してから呟いた。 「粉じゃないのか」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加