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店長らしき人はあたしの書いた電話番号のメモを持っていったん席を外した。数分後、店長がもどって来ると、彼はあたしを置いて若い男性店員を部屋の外に呼んだ。
「電話に出たお母さん、ちょっと変な人でさ」
「怒って手がつけられないって感じですか?」
「いや、なんか、そんな子うちの子じゃありません、みたいな」
「なんすかそれ。番号間違ってたとか?」
「いや、母親が有川って名乗ってたから、合ってる」
「じゃあ父親の携帯は? あの子に聞きます?」
「いや、そのあと、あの子の兄を名乗る人に電話が代わって。そしたらその兄が迎えに来るって言うんだけど」
「兄って、成人ですか?」
「いや、高校生だって」
「はあ? ここに未成年増やしてどうするんですか?」
「仕方ねえだろ、父親が今遠方に出張だっていうし、母親は頭おかしくて話つかねえんだ。兄の方はまだ話わかりそうだったから、一回来てもらって、それから学校に通報するとか、いろいろ考えないと」
淡々と耳に入ってくる会話は、あまりにも現実だった。残酷だなあ、という言葉がなぜか頭に浮かんだけれど、それが何に対してなのかは、あまりよくわからなかった。
お母さん。やっぱりあたしのこと、どうでも良いんだなあ。
……まあ、いっか。最初から、わかってたし。
佇まいを直すでもなく、ただその場に座ったまま、何もない壁を見つめる。ここにいるのも、もう飽きた。
それから程なくして、お兄ちゃんが事務所に現れた。
お兄ちゃんはすごく真面目そうな表情をつくって、あたしの顔と、目の前に置かれたおにぎりのパックを見比べた。
お兄ちゃん、お芝居が得意なんだね。おうちでは、そんな顔しないくせに。あたしを嬲って、たのしそうな顔をするくせに。
お兄ちゃんは血相を変えて、ふたりの店員に思い切り頭を下げた。
「すみません、ぼく、有川絃といいます。この子の兄です。この度は、ほんとうにすみませんでした」
ぼく、だって。
すごいなあ、お兄ちゃん。こうやって顔を使い分けられるんだね。
昨日の夜、あたしを触ったお兄ちゃんには見えない。
粘膜をぐちゃぐちゃと指で掻き回される行為を思い出しながら深く垂れ下がった兄の頭のてっぺんを見ていると、なぜかおもしろくて、なぜかつまらなくて、なぜかとっても、虚しかった。
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