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「お兄さんは悪くないので、顔、上げてください」
店長がお兄ちゃんに頭を上げるよう促した。
お兄ちゃんはゆっくり顔を上げる。横まで見ると泣きそうな顔をしていた。
それらしいお顔だ。それがつくりものだと知っているのは、あたしとお兄ちゃんだけ、だと思う。
そのうち、もう一人の店員がどこからかパイプ椅子をもうひとつ持ってきて、あたしの隣に置いた。お兄ちゃんがそこに座る。
「それでですね、私どもとしても、未成年がやったことですし、あまり事を大きくしたくない気持ちもあるんです。だけど、この子の様子が、ちょっと気になるものですから」
「はい、」
お兄ちゃんが必死に頷いていた。
変なの。お兄ちゃんはきっと、いい歳してスーパーの正社員なんかやってるこの人たちを、心の中でばかにしているはずなのに。
「ですから、今後の対応も含めて、一度この子の学校に通報を、と思いまして」
「……それについて、ひとつ、ご相談があります」
お兄ちゃんが、懐から小さい紙を一枚、取り出した。
……大企業役員の、お父さんの名刺。
「ぼくたちの父親の名刺です」
「……!」
「先ほど父親に連絡しました。会社のこともありますし、ぼくも今後、大学受験を控えています。それを踏まえて父親が、示談をしたい、とのことです」
「……」
「それに、この子にはもう一切、この店に近付かせません。誓約書をここで書きます。父親の名前で代筆する許可をもらっています」
お兄ちゃんが、頭を深く下げた。テーブルに頭をつけている。
「だから、だから、学校や警察への通報は、勘弁していただけないでしょうか……」
何かを察して、あたしも慌てて頭を下げた。
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